ターボル守備隊へ着任す

 第一印象の驚きが薄れると、その顔がのっぺらぼうなどではないことがわかった。

 目と鼻が真っ黒なので、黒い毛に覆われた顔に紛れてしまってるだけなのだ。

 声を出すたびにチラチラ見える口の中は、きれいなピンク色をしている。

「あー、その、飴をできるだけたくさん欲しいんだけど、どんなものがあるのかな」

「飴なら、コウショウ入りのもの、はちみつ入りのものがありましゅ。たくしゃんといわれても、大きな壺にふたつほどでしゅ」

 十二歳くらいの子どもと同じくらいの背の丈に、舌っ足らずのことばが可愛らしい。

「壺というのはどのくらいの大きさなのかな。実物をみせて欲しい」

「いいでしゅよ」

 そういって毛むくじゃらは、店の奥の方へもどっていった。明日到着するターボルが、西方における対鬼角きかく族の拠点であることは知っていたから、鬼角族と出会う可能性は予見していなかったわけではない。しかし、このようなもふもふした種族がいるとは夢にも思っていなかった。しばらくすると、もこもこは自分の頭くらいの大きさの壺を両手で挟み込むよう運んできたが、その様はまるで、おままごとをして遊ぶ子どものようであった。

「これがコウショウ飴でしゅ。はちみつの飴も、同じくらいの大きしゃになりましゅ」

「コウショウってなにが入ってるのかな」

 なぜか、子どもに話しかけるような口調になってしまう。壺の中には、薄い紙に包まれた飴がたくさん入っていて、刺激的な香りがしていた。

「コウショウはコウショウでしゅ。シィタにピリピリきて、鼻に抜けるような香りのコウショウでしゅ」

 コウショウとは香草のことか。香りからすると、薄荷かなにかだろう。

「この壺全部で、いくらくらいになるかな」

「しぇい銀貨一枚になります」

「いくらなんでも法外な値段じゃないか?」思わずことばを返す。「壺に入ってるのは、五十個くらいだろう。飴一個に銅貨二枚はいくらなんでも高すぎる。せいぜい銅貨二十五枚がいいところだ」

「それはやしゅしゅぎましゅ。壺も含んでの値段でしゅよ。割引しぃても銅貨八ぢう枚が限界でしゅ」

 舌ったらずだが、このでかい羊は立派な商売人だ。相手を子ども扱いしていた自分を恥じ、町の商売人と同じように相手をすることにした。

「いやいや、この飴なんて都だったら鐚銭びたせん一枚だろ。銅貨八十枚なんて高すぎる。銅貨三十五枚」

「いらないのであれば、買わなくていいでしゅよ。他にこの飴を買いたい人はたくしゃんいましゅから。都の値段をいうのであれば、都で買ってくればいいんぢゃないでしゅか。オマケしても銅貨七ぢゅう枚!」

 しばらく値段交渉が続き、最終的には銅貨五十五枚で話がついた。最後に私が、はちみつ入りの飴をあわせて正銀貨一枚でどうだと提案すると、もふもふは真っ黒の顔からピンクの舌をペロリと出し、毛だらけの右手をヌッと突きだした。その指は二本しかなく鋏のように真ん中で分かれていたが、握った感触は柔らかく熱かった。

「軍ぢんしゃんなら、ターボルの町にいかれるでしぃょうから、これからもご懇意にお願いしぃましゅ。しょう原の民のみしぇ。チュナムどくの店主、二ピでしゅ」

「人族のローハンだ、以後よろしくお願いする」

 二ピが奥の部屋から持ってきたはちみつ飴の壺と、香草飴の壺を両脇にかかえると、雑貨屋を出て町の外にある野営地に戻る。フェイルの町には宿屋がないのだ。護衛隊長を見つけたので、興奮気味に声をかける。

「おいロゴポーサ君、この町には羊みたいなもふもふが店をやっていたぞ。ああいう異種族がこのあたりにはたくさんいるのか」

「あー、黒鼻族ですね。もう少し西にいくと黒鼻族の集落がありますよ。温厚な連中で、鬼角族にたびたび襲われるので、わわわれに保護を求めて恭順してきたんです」

 ヴィーネ神は自らの姿に似せて、人間を創ったといわれている。ならば、黒鼻族の神は羊に似ているのかもしれない。では鬼角族の神にも角があるのだろうか。

「このあたりには、ああいう人間以外の種族がたくさんいるのかな」

「近くには鬼角族と黒鼻族だけですね。もっと西方にはいろいろな種族がいるという話ですが、鬼角族の支配下にあるといわれています。私はあまり詳しくはないですが、大耳族や、岩狸族なんていうのもいるそうですよ」

 鬼角族なら、優れた体躯の人間であると考えれば戦い方もわかるが、肉体の構造が人間とまったく違う種族を相手にするときには、どういう戦術が必要になるのだろうか。対策を考えておかなければならない。

 その夜は、明日からはじまる新しい生活のことを思い、なかなか眠ることができなかった。


「ローハン・ザロフ、ただいま着任いたしました」

「ターボル守備隊、先任大隊長のテーア・ワビだ。戦い以外なにもない辺境の地へようこそ。君の配属はは追って伝えるが、今日は荷物をほどいてゆっくりしてくれ。夜は君の歓迎会をするから、覚悟してくれよ。士官の君には専用のテントがある。ジョッピに案内させよう。ジョッピ、ジョッピ!」

 秘書官のジョッピに案内されて、ローハン・ザロフという男は本部の天幕を出ていった。

 中肉中背のさえない男だが、その一挙手一投足には、長年の軍隊生活で鍛え上げられたさまが見て取れる。あの男には、先日死んだトーイのかわりに中隊長にしてもいいかもしれない。最前線であるここターボルでは、いつも優秀な指揮官が不足している。ザロフが見た目通りの人物ならば、私も前線にでなくてよくなるかもしれない。そのようなことを考えながら、さきほどから机の上に置かれていた二通の私信を手に取る。

 一通は士官学校で同期のローセノフからだ。封を切り中をあらためた。

 なになに、同期のカンパーキボーが戦死したのか。あいつは酒の持ち込みをチクったいけ好かない奴だったが、軍人としてはなかなか大した男だった。俺もこの辺境でなら、いつ死ぬかもわからないから他人事ではないな。ローセノフに孫が生まれたのか。これであいつも、俺と同じおじいちゃんだ。今度会ったら笑ってやろう。ザロフのことも書かれているな。ローハン・ザロフは人品卑しからぬ人物で、私も訓練部隊の指揮官として重用していた。訓練トレーナーという贈物ギフトを持ち、新兵訓練については当代随一の実力者と思う。家庭問題で都を追放されるようなかたちになったが、軍にとって得難い人材なので、そのことを踏まえて対処してもらいたい、か。なるほど、滅多に手紙など送ってこないローセノフが本当にいいたかったのはこれだな。だったら、ザロフは本部付にして、訓練の担当にするのが最適かもしれない。

 もう一通の差出人はジョージー・キンルン。見たことのない名前だ。封筒や封蝋は高級そうなものだが、なんの用件だろうか。封を切ると中には手触りのいい上質紙が入っており、開くといい香りがした。手紙には、士官に任命されるときの書類でしかお目にかからないような、優雅な飾り文字で次のように書かれていた。


 テーア・ワビ殿へ。貴兄の父、カデス・ワビ様よりご紹介いただき、この手紙を書いております。この手紙とともに、ターボル守備隊に派遣されることになるローハン・ザロフという人物について、お伝えしたいことがあり――。


 手紙を読み終え、天を仰ぐ。あのザロフはいったいなにをやらかしたんだ。軍父としか書かれていなかったが、わが国で軍父といえばギュッヒン侯のことだろう。ザロフは大将軍が個人的に死んでもらいたいと望むような、どんな恨みを買っているのだ?

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