第26話 おと
「びょういん、だよ」
……病院。
どうしてそんなところに。
「悠伽は、病院に、いるんだよ」
「まさかあんた、なんかやったのかっ」
俺は紗原駿の胸ぐらをつかんだ。璃生たちも止めに入るようなことはしなかった。ただ彼の言葉の続きを見守っている。
「しかたねえ、ことだ。気に食わなかった、んだよなあ。あいつの兄なのによお、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんってそればっかりだったのによお」
記憶のふたが外れて中身がほとばしるように、紗原駿は急に饒舌になった。その口から放たれる言葉を聞くたび、俺の心には
「俺がムショから出てきたらよお、俺を避けるんだぜえ? せっかくひさしぶりにお兄ちゃんが帰ってきたのによお、おもしろくねえよなあ? ちょっと刺されたくらいでよお、俺はお兄ちゃんなんだぜ?」
一年前、紗原駿はその受刑態度によって仮釈放という措置を受けた。仮釈放を受けると、受刑者は刑務所を出てあるていどふつうの生活を送ることができる。その足で、悠伽のところへも行ったのだろう。
しかし悠伽は、あの六年前の事件によるショックから、兄を怖れるようになっていた。そんなの当然の話だ。いくら血縁の関係といえど――むしろ血縁の関係であるにもかかわらず自分を刺した狂気の人間を、平常心で迎え入れられるはずがない。
しかし、紗原駿はそんな悠伽の態度が気に入らなかった。かつて自分を慕ってくれていた妹の幻想を、忘れることができなかったのだ。
どこまで自分本位なんだ。
こんな男を、おれは六年前、尊敬していたのか。
「それで腹いせに、悠伽にあんな格好をさせて、動画を撮ったのかっ」
俺は胸ぐらをつかむ両手に力を込める。
「んあ?」
すると紗原駿は、理解できないでもいうような表情を浮かべる。
「なんだってぇ?」
「とぼけるな、あんた自分の妹に怪我を負わせて、その身体を動画に映して、ギター持たせて弾かせてたんだろっ、まるで見世物みたいに!」
「どうが、ってぇ、なんだあ?」
どこまでもとぼける気かこのクソ野郎、と思ったが、そこで璃生が「なあ刻都」と声をあげる。
「紗原駿、ほんとうに動画のことは知らないんじゃないか? そこだけ白を切る必要なんてない」
「……っ」
どういうことだ、紗原駿がやらせていたんじゃないんだったら、だれがなんの目的であの動画を……。
「ギターなんてすぐに棄てちまったなあ。あんなもん持ってたってしょうがねえだろ。なあ、刻都。おまえもそう思うだろぉ?」
「黙れ、余計なことはしゃべるな!」
頭に血が上って考えられなくなる。
「トキト、このひと、ギターは棄てたって! ハルに弾かせてたんじゃないのかもしれない!」
奈津までなに言ってんだよ、ぜんぶこいつのせいでいいだろ、いまこの瞬間こいつに天罰が下れば悠伽が戻ってくるんだよ、あのころの俺たちに戻れるんだよ、だから、ぜんぶ、こいつのせいなんだよ。
「刻都落ち着いて」
芙雪まで。おかしいだろ、こいつのせいじゃなかったらだれのせいなんだよ。俺は六年間ずっと悠伽を捜してた、それがいま成就するんだ、こいつをこらしめることで、こいつをぶっ飛ばすことで、俺のこれまでの六年間が報われるんだ、だからこいつのせいでいいんだよ! こいつのせいじゃなかったら、俺の六年間は、どうなるんだよ……!
だから、
「俺がこうなったのは、ぜんぶ、ぜんぶあんたのせいなんだよっ!」
「ぜんぶぅ?」
締め上げられた喉元から、紗原駿は声を絞り出す。無駄口を叩けないように胸ぐらをさらに持ち上げて締め上げる。しかし紗原駿は、地獄の底から響くようなかすれた声で言葉を継いだ。
「そんなわけねえ、だろうが、なあ、刻都、おまえがそうなったのは、おまえ自身のせいなんだよ、たかが六年前までしか付き合いのなかった俺に、いったいなにができるっていうんだ? なあ、刻都。俺は認めるよ、俺がこうなったのは、おまえのせい、じゃない。俺がおまえの曲を、かってにパクって、それがばれた、だけの話だ。俺自身のせいだ。俺は俺自身で、この破滅を選んだ。それは、だれのせいでもねえ」
「うるさい」
うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい!
そんな目で俺を見るな、光が死んだはずの瞳を、夢を失ったはずの言葉を、そんなふうに、俺に向けるな!
「ちなみになあ、悠伽は俺が病院に送ったんじゃ、ねえんだ」
「はあっ?」
どういうことだ。悠伽がいま病院にいるのは、こいつの暴力のせいじゃないのか?
「あいつはあいつで、あいつなりの破滅を選んだって、ことだよ」
「……意味がわかんねえんだよ」
もう声を腹の底からしぼり出す気力がなくなってきた。俺はいったい、なにに叫べばいいんだ。これまでの六年間を、ただ悠伽の影を求めてさまようだけの六年間を、だれのせいにすればいいんだ。
――もし付き合ってたんだとしたら、おれは心の底から、刻都を軽蔑していたところだ。
――じゃあどうして一年前、そのメッセージに返信しなかったの?
俺自身なのか?
ふいに頭のなかに、ギターの音が流れ出した。聴き馴染みのある、
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