第21話 いみ
あざや傷だらけの身体をさらしながらギターを弾く女性の動画は、いちど火がつくと瞬く間にネットで広まっていった。『これだれ?』『顔見せろや』『きもちわる』『なんかの宣伝?』『事件じゃないのこれ?』『とりあえずお世話になりました』たくさんのコメントが動画について、クソどうでもいい方向に動画は盛り上がっていく。
一方で、紗原駿と悠伽の捜索は暗礁に乗り上げかけていた。ライブハウスのスタッフから芋づる式にたどっていったが、かつて紗原駿と親交のあったひとびとはだれも彼の行方を知らなかった。「懐かしい名前だなあ」「いまどうしてるかって? そんなん知らねえな」「あいつ暴れて店の備品壊して、まだ弁償してねえんだ。こっちが訊きてえよ」
「そうですか……」
となり街のライブハウスでいかついおっさんに不機嫌そうににらまれたところで、その日捜索をしていた俺と奈津はすごすごと退散した。紗原駿は顔が広く知り合いも多かったが、事件直前はほとんど健全な人付き合いをしていなかったと見える。楽曲の盗用がばれ、生活もクスリ漬けになって、自暴自棄になっていたのかもしれない。
「なかなか見つからないね」
「ああ……」
帰り道、俺と奈津は線路沿いの路地をならんで歩いていた。きょうもまた一日が終わろうとしている。オレンジ色の夕陽が俺たちの影を長く伸ばしていた。
「あのさ、トキト」
「ん?」
奈津は地面に落ちた影をステップで踏みながら、ぽろぽろと言葉を紡いだ。彼女のゆっくりな歩調に合わせながら、彼女の声に耳を傾ける。どこか遠くで鳥が鳴いている。
「あたしね、ちょっとうれしかったんだ」
「なにが」
「この四人がまた集まれるようになって」
この四人。それは、俺と奈津、璃生、芙雪、の四人。
「いちばん最初のハルの動画がきっかけで、この四人がまた言葉を交わすようになって。もちろんハルは心配なんだけど、その反面ちょっとうれしかったんだ。人間って、なんとなくおたがいの気持ちが引いただけで、こんなにも簡単に逢わなくなるんだね。連絡先もなんとなく変えて、なんとなくおたがい教えづらくて、いずれ連絡をとらなくなって。ほんとに、驚くほどあっさりと、離ればなれになったよね」
「……」
「そんなこと考えたら、引きこもってたはずのトキトが中学の同窓会に来たっていうことが、なんだかとんでもない奇蹟みたいに思える」
「……うるせえよ」
なんだかむずがゆくなって、しょうもない突っ込みを入れてしまう。奇蹟ってなんだよ。俺だって外出ぐらいするわ。
「ハルを捜しに来たんでしょ?」
「……」
俺はまた、黙ってしまう。
奈津にはやっぱり、ぜんぶお見通しだったんだな。
六年前に失った悠伽の影を捜し求めて、俺の心はずっとこの街をさまよっていたんだ。来るはずのない悠伽が、それこそ奇蹟が起きて同窓会に来たとしたら。押しの強い幹事の鮎川の誘いを断りきれなかった……ということを口実にして、俺は出たくもなかった同窓会に顔を出した。
「あたしもそうだったんだよ。あの動画を見て、六年前を思い出して。ハルが、トキトが、アッキーとフユが。もしかしたらいるかも、って思った。そしたら、」
奈津は立ち止まって俺を見る。キャラメルブラウンの彼女の髪が、夕陽に照らされてきらきら輝いている。
「君がいた」
ふわり、と甘い香りがした。風に運ばれた街の花の香りだろうか。なんの花の香りなのか、その花の名前は俺にはわからなかった。わからないことが多すぎる。ふと街に香る花の名前も、目の前の女の子が浮かべる表情の意味も。
「あのさ、トキト」
「……」
「約束、思い出した?」
奈津は言った。俺と悠伽が最後に交わしたあの約束。姿を消した悠伽のあとを追うために、あの事件のあと、俺は悠伽との約束のことを奈津たちに話していた。でも、俺はあの約束を思い出せないまま、悠伽の行方もわからないまま、俺たちは離ればなれになってしまった。
「……いや」
俺の返答を聞いて、奈津は時間をかけてから「そっか」と言った。そしてまたふたたび歩き出す。俺は振り返りざまの彼女の表情を見た。でもやっぱり、俺にはわからないことが多すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます