第20話 しゅんじゅん
ひさびさに行ったライブハウスは、六年前の面影を色濃く残していた。スタッフもほとんど変わってない。俺たち「メルロウ」のことも憶えてくれていたようで、「いっちょまえにでかくなりやがって」と肩を叩かれた。もう六年にもなるのだ。奈津が言っていたように、変わってしまったことも、変わらないことも、俺たちのまわりにはたくさんある。
紗原駿の名前を出すと、何人かが「懐かしい名前だなあ」と反応した。しかし、やはりだれもその行方を知らないのだという。六年前にデビューの話がなくなって、傷害事件を起こして刑務所に行った、というところまではたいていの人間が知っていた。けれど、そこから先の紗原駿について知っているのは、ライブハウスにはだれもいなかった。
「そうですか」
「悪いな。せっかくひさびさに来てもらったのに」
「いえいえ」
「ところで、どうしていまさらあいつを捜してるんだ?」
スタッフのひとりが首をかしげる。「そういや、駿っておまえらのメンバーの兄貴じゃなかったか?」
「それは……」
どこまで言っていいものか、答えあぐねているうちに、店の奥からもうひとりの人影が現れた。その顔には見覚えがった。このライブハウスのいまの店長だ。
「紗原駿? ……ああ」
俺たちの口から出てきたその名前を聞いて、彼も合点がいったようだ。
「この
久しぶりに聞いた名前を懐かしむような表情は、ほかのスタッフたちと変わらなかった。やはりここでも収穫はなしか……と肩を落としそうになったとき、店長の口からこんな言葉が出る。
「そういや、そろそろか」
「……?」
脈絡のないその言葉の意味をとらえかねて、俺は「なにがですか」と訊いてしまった。すると店長は「六年だよ」と返す。そうだ、あの事件からもう六年がたつ。それはわかっているんだけど……俺が首を傾げていると、店長は両手を握りしめて身体の前に突き出し、手首の内側をくっつき合わせた。手首が縛られているようになっている状態だ。いわゆる「お縄」。
「懲役だよ。懲役六年。あれからもう、六年がたったろ?」
「え?」
「おまえら、もしかして知らなかったのか? あいつは――紗原駿は、あのとき懲役六年の実刑判決だった。つまりもうそろそろ、
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。真実のパズルが繋がりはじめたような気がして、俺たちは深くうなずきあった。
「店長さん、ありがとうございます。あの、他になにか知ってることありませんか、入ってた刑務所とか、出所してから行った場所とか」
「すまんすまん、そこまではわからねえ。第一、あいつがもう出所してるかどうかも定かじゃねえし。懲役六年でぶちこまれた、それくらいしか知らねえんだ。悪ぃな」
「いえ、ありがとうございます」
店長やスタッフに礼を言って、俺たちはライブハウスをあとにした。店長には謝られたが、出所の時期がわかっただけで大きな成果だ。しかもそれは、俺たちが想像していた内容とほとんど一致している。
つまり紗原駿は、あの事件から六年がたったいま、刑期を終えて刑務所から出所していたのだ。そして悠伽のもとへ行き、ギターを持たせて動画を撮影しているんだろう。すぐに捜し出せばやめさせられるかもしれない。そう思うと、なんだか気が急いてしまう。
「一刻もはやく悠伽を捜し出そう、芙雪」
しかし彼女は、俺の呼びかけに応じることなく、深く考え込んでいるようすだった。
「どうした、芙雪?」
問いかけに気づいた芙雪は、しばらく逡巡したあと、しずかに首を振った。
「……いえ、なんでもないわ」
「?」
芙雪の表情に現れた翳りの正体がわからないうちに、彼女はさっさと歩き出してしまった。俺はあきらめて彼女のあとを追う。するとそこに、ポケットのなかのスマホが震えた。スマホを取り出す。芙雪も立ち止まり、おなじようにバッグのなかを探る。
いやな予感がした。
画面を見ると、やはり差出人は奈津だ。前後の言葉もなく、ただURLだけが送られてきている。芙雪が振り返って俺を見た。俺も彼女を見つめ返す。彼女が俺に駆け寄る。ふたりが震える手で動画の再生ボタンを押したのは、ほぼ同時だった。
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