第19話 よかん
紗原駿。
元「
紗原悠伽の実の兄。
六年前、妹への傷害事件により逮捕。覚せい剤の使用も認められ、実刑判決を受ける。収容された刑務所や判決の刑期は、聞かされていないかもしくは俺たちが憶えていないだけかもしれない。
俺はこの紗原駿が、悠伽の行動の鍵を握っているような気がしていた。調べたところ、傷害罪は十五年以下の懲役だ。五、六年の判決を当時受けていて、そろそろ戻ってきていてもおかしくはない。
なんと言ってもあのあざだ。俺は紗原駿が六年前、妹の脇腹を思いきり殴りつけた瞬間をこの目で見ている。新しい動画に出てきた悠伽の身体には、数カ所に殴られたような青あざが浮き出いていた。
そこから考えられることはなにか。
刑務所から出てきた紗原駿は、妹のところへ行った。その手にはかつて自慢だったギターが抱えられていた。音楽の夢に敗れた彼にとって、もうギターは無用の長物だった。自分を慕ってくれていた妹にそのギターを渡し、カメラの前で弾くように言った。もしかしたら彼は、悠伽を暴力で脅して服を脱がせ、そのようすを見て愉しんでいるのかもしれない。
でも、それにはやや不自然な点もある。
映像のなかに紗原駿が出てこない。声も聞こえない。わざと姿を現さないように、声を上げないようにしているのかもしれないが、当の悠伽がその存在を気にしているそぶりがない。まあ、動画では表情が見られないから、彼女の心の動きはわからないんだけど。でもすくなくとも、なにかを気にしながらギターを弾いているようには感じられない。
とにかく、紗原駿がいまどうなっているのか、そこから探ったほうが手っ取りばやいような気がしていた。
きょうは芙雪の授業が休みだというので、悠伽の足取り捜索は彼女とおこなうことになっていた。動画の女性が悠伽本人だったということは芙雪にも伝えてある。新しい動画についても、彼女はすでに観ているはずだ。
喫茶店でランチを食べながらさっきの考えをまとめて芙雪に話すと、彼女は大盛りパスタをもくもく頬張りながら言う。
「ほのほおいやあいかひあ」
「なんて?」
さっぱりわからん。彼女が口に含んだパスタを飲み下すのをしばらく待つと、芙雪は落ち着き払ったようすで言い直した。
「そのとおりじゃないかしら」
「そのとおりって?」
「刻都の考えた話では、やっぱり不自然な点が多いってこと。それと、駿さんを探したほうがはやいってこと」
「そうだよな」
「でも、どうやって駿さんを捜すの? あのひとがブタ箱にぶちこまれたのは、もう六年も前よ」
「ブタ箱とか言うなよ……」芙雪ってクールそうに見えて昔から意外と口悪いんだよな……。
「うぅん、昔の知り合いを片っ端から尋ねるしかないと思ってたんだけど」
「それなら、さいしょはあの
芙雪の言っているのは、俺たち「メルロウ」や「スカラバティズ」がよくライブをやったりたむろしたりしていた都内のライブハウスのことだ。話がはやい。
「そこから人づてにたどっていきましょう。私たちが駿さんを捜していることが広まれば、だれかが情報を提供してくれるようになるかもしれない」
「そうだな、やってみよう」
「わくわくするわね。まるでねずみ講みたい」それ犯罪だからね?
「パスタも食べ終わることだし、デザートのパフェも頼んだら、そろそろ行きましょうか」
「まだ食う気かよ……」
「ところで、こういう他人を頼る方法は、奈津のほうが得意じゃないかしら。奈津はいないの?」
「奈津は仕事が入ってて。フユをよろしく〜だってさ」
「そう」
そっけない一言でまたパスタを頬張る。もぐもぐとしっかり咀嚼したあと、彼女はなんでもないふうに訊ねる。
「璃生くんは?」
璃生はきょうは外せない大学の授業があるらしく、今回の捜索には参加できないとのことだった。それを告げると、芙雪は「ふうん」と言いながらパスタの最後の一口を頬張った。
「ふあんあいお」
頰を(大盛りパスタで)膨らませながらつぶやく芙雪。彼女としてはパスタで隠したつもりかもしれないが、申し訳ないけれどいまのはちょっとわかってしまった。俺も自分の安いカレーを最後までのどに流し込む。
つまんないの、か。
芙雪にもそういうとこあるんだな。
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