第10話 きもち

 俺たちの曲を聴いた駿さんは、まんざらでもなさそうにうなずいた。

「オレの得意なジャンルじゃあねえんだが……まあ、聴く限りは悪くなさそうだな」

「ほんとっ?」

 悠伽がうれしそうに飛び跳ねる。

「トキトがつくったんだよ」

 彼女の言葉を受けて、駿さんは俺にまなざしを向けて言う。「そうなのか?」

「そうっす」

 俺はうなずく。俺たちのバンドでやっている曲は、有名アーティストの既存曲が半分、自分たちでつくったオリジナル曲が半分くらいだった。そのオリジナル曲のほとんどは、俺が作曲をしている。

「なかなかじゃねえか」

「まじっすか」

「調子乗んなよ?」

 駿さんは笑って俺の肩を小突いた。いてて、と痛がるふりをして、駿さんと笑い合う。

「悪くねえのはほんとうだ。刻都、つぎの曲考えたらオレんとこ持ってこい。アドバイスしてやるよ」

「え、あ、あざますっ」

 願ってもない駿さんの申し出に、俺は舞い上がるような思いだった。駿さんの率いるバンド「Skarabatizスカラバティズ」は、本格的なオリジナル曲で勝負している実力派バンドで、その曲の作詞作曲は駿さんが担当しているのだ。その彼から楽曲のアドバイスをもらえるとあって、俺たちはみな浮かれた。

「やったな、トキト!」

「あたしたち、有名になっちゃうかもね!」

「サインの練習しておかないと」

 璃生、奈津、芙雪がそれぞれ浮かれているなかで、悠伽は兄に「ほんとうにいいの、お兄ちゃん?」と訊ねた。それに駿さんは「ああ、もちろんだ」と笑顔で答えてくれる。悠伽はうれしそうに「がんばろうね、トキトっ」と言って、俺に笑顔を向ける。

 その笑顔を見られたことが、俺にとってはなによりもうれしかった……なんて、恥ずかしくて言えるわけないよな。



「スカラバティズ」のライブはいつも盛況だ。

 まわりの観客は「スカラバティズ」のパフォーマンスについて興奮気味に話し合っていたし、ライブ後の会場の熱はいつまでも冷めなかった。その熱に浮かされたように、まるで魔術師たちの魔術にかけられたかのように、ひとびとは「スカラバティズ」の名を口にしていた。

 それはもおなじだった。

「やっぱかっこよかったなあ、スカラ」

 ライブ後の余韻を一歩一歩確かめるように夜の道を歩きながら、俺のとなりで悠伽がつぶやいた。彼女はギターを身体の前で重そうに抱えている。肩から掛けるためのストラップがついているんだからわざわざ抱えなくてもいいのにと思うが、彼女いわくトラウマがあってそうしているのだそうだ。聞くところによると、肩に掛けて運んでいるときにストラップが外れ、ギターを地面に落としてしまったらしい。不憫な話だがまれに降りかかるできごとだ。それ以来、彼女はだいじそうにギターを前に抱えて運ぶことにしたのだという。歩きづらくないんだろうか。

 そんなことを頭に浮かべ、そうやって道路の縁石を歩いてると危ないぞ……と彼女を横目で盗み見ながら、俺は訪れた夜の影をたどる。

「……そうだな」

 彼女のつぶやきにやたらのっぺりと答えてしまって、俺は思わずしまった、と後悔した。案の定、彼女はほおを膨らませて顔をのぞきこんでくる。

「なに、その返事」

「なんでもねえよ」

 俺がそうつっけんどんに答えると、悠伽は「むう」と口をとがらせた。

 もちろん、なんでもなくはなかった。ほかのバンドを目を輝かせて「かっこいい」という彼女。ほんとうにそのとおりなんだけど、悠伽の口からその言葉を聞くと、なんだかおもしろくない。

 すると悠伽は、ふいになにかに気づいたようにいたずらに笑みを浮かべた。その表情に俺は肝を冷やす。

「あ、もしかしてトキト……やきもち、妬いてる?」

「ばっ、なっ、ち、ちげえよ」

「べつに妬かなくていいのに。トキトの曲、わたし好きだよ?」

「……あ、ああ」

 なんだか肩透かしみたいな言葉をもらって、俺は思わず大きく息を吸い込んだ。冷たい夜の闇が肺をいっぱいに満たし、そして吐く息は晴れない気持ちを散らしていった。ギターを抱えながら縁石を歩いて渡る悠伽の、白いニットカーディガンの背中が宵闇にぼうっと浮かんでいる。遠く街の灯りには、ぴかぴかとビルの航空障害灯赤いライトが明滅している。秋は濃く深くなっていく。

「あれ、もしかしてそっちじゃなかった?」

「……うるせえ」

「ふふふっ」

 悠伽はうれしそうに微笑んだ。……ていうかなんでうれしそうなんだよ。「べつにぃ?」なんか腹たつ……!

「わあっ」

 とつぜん悠伽が声を上げたかと思うと、彼女の身体がかたむいた。縁石から足を踏み外したようだ。ぐらぐらと身体が揺れて、耐えかねたように重力にしたがって倒れていく。

「あぶねえっ」

 俺はあわてて駆け寄り、地面に激突する寸前の彼女を両腕で受け止める。ずんっ、と悠伽のすべてが両腕にかかって、思わず「ふんっ!」と声が漏れ出た。その声といっしょに昼に喰った牛丼(大盛)がケツの穴から噴き出てくるかと思った。

「わわわ」

 悠伽がすっとんきょうな声を上げる。両腕がぷるぷると震えはじめる。

「は、悠伽……」

「ご、ごめん、トキトっ!」

「はやく……」

「ちょっと待ってて、いま降りるからね、」

「……重い」

「あああっ! いま重いって言った!」

 悠伽が叫ぶ。そりゃそうだ。彼女は抱えているギターを振り回して殴りつけてきそうな勢いだ。赤面しながらじたばたもがいている。悠伽よ、ばたばたする君を抱えて身動きが取れない俺は、君の振り回すギターに殴り殺されるか、このまま君に潰されるかどちらかしかないのだよ。

「トキトゆるさん〜っ」

「はやく降りろよ!」

 ついにギターが側頭部に直撃し、「ぐえっ」とへんな声を出した俺は悠伽もろとも倒れ込んだ。ふたりは道路に無様に伸び上がる。交通量のほとんどない道でよかった。車には轢かれずに、偶然通りかかった自転車おじいちゃんから怪しげな視線といっしょに「ちりちりん」とベルを鳴らされただけで済んだ。失ったものはなにもない。

 俺たちは地面にしりもちをつきながら、おたがいの顔を見合わせる。すると、どちらからともなく「ぷぷぷ」「あはは」と笑い出す。いてて、と身体の痛むところ(側頭部、尻、腕、ケツの穴、となぜだかいろいろ痛かった)をさする俺を見て、悠伽はおもしろそうに笑った。

「トキトへんな顔してる!」

「顔は生まれつきだよ」

「顔の横、へこんでるし」

「おまえが殴ったからだろ……ていうかそれほんとなら大事件だからなっ?」

 ゆっくりと立ち上がり、服についた汚れを払って立ち直った。彼女はふたたびギターを身体の前に抱える。ギターはどうやら傷つかずに済んだようだ。

「ありがと、トキト」

「……うるせえ」

「ああ〜、照れてるぅ」

「うるせえ!」

 ふふふ、と悠伽は微笑んだ。そしてこんなことを言う。

「わたし、好きだよ。トキトの……曲っ!」

 秋の風がふたりのあいだを吹き抜けて、彼女の黒髪を撫でた。深まっていく秋が彼女の姿に色を与えていくみたいに、夜の闇に彼女の姿が明るく浮かび上がる。照れくさくなった俺は、「おう」と生返事を返す。そんな俺を見て、きっと「ふふふ」と笑っているだろう悠伽の顔が容易に想像できるのが、なんだかくやしかった。

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