第2章 あのひ
第9話 ごにん
中学生でバンドをやっていると言うと、周囲から注目を浴びることが多かった。
「おまえら中学生? へえ、めずらしいねえ」
「ガキのくせに生意気だな。楽器なに使ってんだ?」
「どんなの
「女の子たち、かわいい〜」
「肌つるつるじゃん、真っ白だし」
「アタシの見て見て、ほら、真っ黒。歳取ると肌にドクロが浮き出てくるのよ、あんたら知ってた?」
「あんたそれ
俺たち五人がおとなの(しかもなかなかアウトローな感じの)方々に囲まれて、「は、はい……」とびびっているのは日常茶飯事だった。
「バンドの名前なんつうの?」
俺が「『メルロウ』、です」と答えると、そのうちのうちのひとりが「へえ、へんな名前」と眉を寄せる。すると、かならずあのひとが声をかけてくれた。
「おいおい、純朴な少年少女たちをびびらすんじゃねえよ」
彼の一言で、おとなたちは「わーったわーった」と片手を挙げながら去っていく。その背中を見送ったあと、俺たちは「へんな名前って言うなよなあ」とぶつくさ文句を垂れている彼に言う。
「
その言葉を聞いて、彼はなんでもないように相好を崩す。
「いいってことよ。かわいいかわいいおまえらのためだ、お安い御用さ」
「えっ、あたしってそんなにかわいいかなっ? どう思う、トキト?」
「おいナツ、あんま駿さんの言うこと真に受けんな」
「まったく、アッキーは素直じゃないなあ。ねえ、フユ?」
「中学生相手にかわいいだなんてとんだロリコンね」
「辛辣だな!」
芙雪の一言にダメージを受けて負傷した真似をする駿さん。「なあ、悠伽。助けてくれよ、ロリコンって言われちゃったよ」
「えへへ」
「いやだれも褒めてねえから!」
彼はこのあたり一帯で活動するバンドマンで、紗原悠伽の兄だった。ライブハウスのスタッフの間ではそこそこ名前の売れているバンドのメンバーで、ローカルな業界内では顔も広かった。
マイペースなところが多い悠伽とは違い、駿さんはなんでもてきぱきと片付けるひとだった。頭の回転もはやく、周りからよく頼られる存在だった。
悠伽の兄ということもあり、俺たちはよく駿さんになついた。彼も彼で、俺たちを妹の友だちだということでいろいろ世話を焼いてくれた。特に悠伽は、自分の兄を自慢に思い、尊敬しているようだった。歳は俺たちと六つ離れていたが、その年齢差を感じさせないくらいに、俺たちに親身になってくれた。悠伽が音楽をはじめ、当時仲の良かった俺たち四人を巻き込んだのも、そんな兄の影響からだ。
俺たちのバンド名「メルロウ」も、彼が命名したものだ。「メルロウ」は、遠いどこかの国の言葉で「
駿さんは俺に、よく夢を語ってくれた。
彼の夢は「音楽で生きる」ということだった。
「音楽で、生きる?」
「ああ、そうだ」
冷房の効いたライブハウスの喫煙スペースで、彼はたばこをぷかぷか吹かしながら答える。当時彼は二十歳だった。たばこも吸いはじめだったはずだが、俺には彼がやけに大人びて見えていた。かたや話を聞いていた俺がくわえていたのはアイスだ。日差しの強い、夏の日のことだった。
「音楽で稼いだお金で生活してくってことですよね?」
「それだけじゃねえんだよ」
駿さんは切れ長の目をさらに細める。
「音楽を武器にするっつーかさ、うるせえやつらをねじ伏せるっつーかさ、なんつーの、金稼ぐだけじゃねえんだよ、ほら、なんつーの?」
「知らないですよ……」
「あああああ、うまく言えねえ。まあとにかく『オレの音楽を聴け!』って感じなんだわ」
「は、はあ」
駿さんの言っていることはさっぱりだったが、そもそも音楽で生計を立てていくということの大変さなんて、当時の俺にはよくわかっていなかった。ましてや、彼の言う「音楽で生きる」なんて生き方、中学二年のガキに理解できるはずがなかった。ただ、俺は彼の話が好きだった。熱く語る彼のまなざしを、格好いいと思っていた。
「あ、やっぱりここにいたんだ、お兄ちゃん」
そこへ悠伽が顔を出す。「トキトも」
「どうした、悠伽」
「わたしたちの曲、聴いてくれるって約束でしょっ」
「そうだった、悪ぃ悪ぃ。火ぃ消したらすぐ行く」
「ほら、トキトも」
「お、おう……」
悠伽に連れられて、俺と駿さんは喫煙所をあとにする。ライブハウスのなかに戻ると、奈津たちはすでに楽器を準備していた。ドラム、ベース、キーボードにそれぞれ奈津、璃生、芙雪がスタンバイしている。俺たちを呼びに来た悠伽も、彼女のギターの準備が整っているみたいだ。出遅れた俺は彼女たちから罵声を浴びることになる。「どこ行ってたの、トキト!」「あとでマックおごりな」「私たちを待たせるなんていい度胸ね」そんな言わんでもええやん……。「ふふふっ!」悠伽も指差して笑わないでくれるか……。
これが六年前の俺たちだった。
ひたすら突っ走る奈津の勢いと、斜に構えた璃生の冷静さ、つかみどころのない芙雪の小言。それらに振り回される苦労人の俺を見て、悠伽はいつもころころと笑っていた。その笑顔を見て照れ隠しに目をそらす俺に、「あ、照れてる。ふふふ」とかなんとか言ってからかうのだった。
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