第8話 よにん

 なかば拉致みたいな形で奈津が強引に彼女を連行すると、芙雪は柳眉をかたむけながらこんどははっきりとため息をついた。璃生も芙雪もきょうはもう授業がないというので、俺たちは大学を出て近くのカフェに入る。構内にあったオシャレカフェとは違う、全国チェーンのカフェだ。

 俺と奈津が隣どうし、璃生と芙雪が隣どうしで、おたがいが向かい合うボックス席に腰掛ける。店員が注文を取り、それぞれの飲み物が運ばれてくるまで、俺たちは無言だった。もっと言うと芙雪が特製パフェなどというものを頼むから提供に時間がかかり、テーブルに注文の品がそろったのは店に入って二〇分くらいがたったころだった。

「で」

 会話の口火を切ったのは璃生だった。「おまえら、どうしておれたちの大学にいるんだ」

 璃生の疑いの目が向けられる。居住まいの悪さに、俺たちはその場でちいさく身じろいだ。

「それに、どうしてなんだ。おれたちをつかまえに来たってどういうことだ」

「つかまえに来た?」

 璃生の言葉尻をつかまえて、芙雪が加勢する。「どういうこと? いまさらになって私たちを捜すなんて。なにか恨みでも晴らしにきたの?」

「ちょ、ちょ、ちょ」

 なんだかへんな方向に向かおうとしている話に、俺はあわてて制止をかけた。

「どうしてそんな話になるんだよ。ふたりに恨みなんてねえよ」

 俺の問いかけに、芙雪の表情がくもる。

「だって私たち、あんなふうに終わりになって……」

「……」

 芙雪が言っているのは、六年前のあの事件のことだ。あの日のせいで、それまでずっといっしょだった俺たちは、ばらばらになってしまった。そして悠伽も姿を消した。

「でも、あれはフユたちのせいじゃないじゃん。どうしてあたしたちが恨むのさ」

「それは……」

 明確な答えを出せず口ごもる芙雪。そこへ璃生が言葉をはさむ。

「まあ、とりあえず刻都たちの話を聞こう。なにか理由があるのかもしれない」

 奈津が俺に目配せをする。俺はスマホを取り出すと、例の動画を画面に表示させた。

 しばらくの読み込みのあと、動画の再生がはじまる。シークバーを操作して6:00のすこし前まで動画を飛ばす。するとまた、6:00を過ぎたところで人影が横切る。ふたりはおなじように目を凝らして画面を注視したあと、現れた人間の姿を見て声をあげた。

「うわっ」

「きゃっ」

 どちらも信じられないというような目ですぐに俺をにらみつけた。ていうかなんで俺だけなんだよ。奈津はいいのか?

「おまえらなあ、こんなふざけた動画見せるために、わざわざおれたちの時間を――」

「なんだと思う?」

 璃生の言葉をさえぎって、奈津がふたりに問いかける。璃生の眉間にしわがよる。彼は眼鏡を持ち上げて奈津を見据えた。おなじように、芙雪も奈津を見つめている。

「なんだと思うって、なにが」

「この動画が伝えたいこと、なんだと思う?」

「は……?」

 璃生はいまだに解せないという顔だ。そこに俺も質問を重ねる。

「だれだと思う?」

「……この女性が?」

 こんどは芙雪が応える。俺は鷹揚にうなずく。彼女はまた動画に視線を落とした。画面のなかでは、全裸の女性がギターを弾きながら歌をうたっている。

 俺はポケットからイヤフォンを取って差し出した。それを受け取ると、ふたりはそれで動画の音声を聴きはじめる。さっきまで疑いの表情しか滲ませていなかったふたりは、その動画の音声を聴いて、女性の響かせる歌声を聴いて、かすかに、しかしたしかに、その顔色を変えていく。

「おい、まさか……」

「……っ」

 いまふたりは、ちゃんと理解したようだった。

 どうして俺と奈津が、わざわざふたりを捜してこの大学まで来たのか。

 どうしてが、いまこの場所に集まる必要があったのか。

 この動画――『これは、あなたへの』が伝えたい想い。

 全裸でギターを爪弾く投稿者の女性が歌に込めた意味。

 六年前に俺たちが失った彼女に、歌声が似ている理由。

 紗原悠伽。たったひとりの少女の面影を捜して、この街をさまよう心をふたたび見つけるために。六年の時を超えて、俺たちはまた集まったんだ。

「捜そう」

 俺は言った。「悠伽を捜そう。そしてまた、で集まろう」

「はあ? 捜すって言っても、どうするんだ? なにか手がかりでもあるのか」

「ない。だけど、きっとだいじょぶだよ」

 奈津が加勢してくれる。彼女の「だいじょぶ」にはあいかわらず根拠がない。だけど、こんな力強くも心強い「だいじょぶ」が言えるのは、奈津しかいない。

 璃生と芙雪はおたがいの顔を見合わせる。そしてあきらめたように、吹き出してしまうかのように、ふたりは肩をすくませて言った。

「おまえら、ほんとうに変わってないんだな」

「え?」

「刻都のその意味がわからないこととつぜん言い出す感じも、若名のどこから出てくるか知らない能天気な自信も、六年前からなにも変わってない」

「ほんと。振り回されるこっちの身にもなってほしいわ」

「じゃあ……」

「わかったよ」

 璃生は言った。「紗原、捜そう。こんな動画、撮らせ続けるわけにはいかない」

 それを聞いて、奈津は芙雪の方を見やる。芙雪は観念したように首を振る。

「璃生くんがいいなら。私も悠伽に一言言わないとね」

 奈津は満足そうにうなずいた。ほんとうにだれも変わってないんだな、と思った。奈津も、璃生も芙雪も、そして俺自身も。変わらないものを信じて進んでいけば、こんなところまで来られるんだな。

 なあ、悠伽。

 この光景を見て、君は喜んでくれるかな。

「またいっしょに遊べるね」なんてのん気に微笑みながら、清流にさえずる自由な小鳥のように、歌をうたってくれるかな。

 六年前に俺たちが犯してしまった過ちを、君は笑って洗い流してくれるかな。



 そう。

 六年前の、あの日、あのとき。

 俺たちは。俺と、悠伽は――。

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