第7話 ふたりめ

 喫煙所はたいへん煙で苦しいので、俺と奈津は璃生の一服を待って彼と合流した。公園スペースを歩きながら、俺たちは言葉を交わす。

「こんなところでなにやってんだ、刻都、若名。おまえらここの学生じゃないだろ」

「ちょっとひとを探してまして」

「は?」

 璃生は眉をひそめる。「だれを?」

 俺は目の前の男を指差す。それを見て、璃生の眉はいっそう吊り上がる。もともと上がり眉なものだから、彼の表情は仁王像みたいになっている。

「おれを?」

「そうだ。璃生、おまえをつかまえに来た」

「はあ?」

 どういう意味だよ、と問われるが、そのままの意味だから答えようがない。

「ふつうに不法侵入だろ。守衛に連れてってやろうか」

「いててっ、だから引っ張るのはやめてって!」

「ちょっと待って、アッキー」

 俺を無理やり連れ出そうとする璃生を、奈津が呼び止めた。璃生のことを「アッキー」と呼ぶのは奈津ぐらいしか知らない。

「まだ終わってないんだ、ひと捜し」

「はああ?」

 不機嫌になりすぎてチンピラみたいな凄み方をはじめた璃生に、奈津は言い放つ。

「フユ、いるでしょ。この大学に」

 その呼び名を聞いて、璃生の動きは止まった。その隙に俺は彼の手から逃れる。

「フユ……中澄のことか?」

「そ。中澄芙雪。あたしたち三人の、中学時代の同級生」

 璃生の顔がいっそう険しいものになる。さきほどまでの不機嫌オーラではなく、なにか思案しているような、困ったような表情だった。

「いるよ」

 璃生はみじかく言った。それ以上、彼は言葉を発さない。言葉の続きを待っていたつもりの俺たちは、思わずこけそうになった。

「それだけ?」

「それ以上になにがある」

「もっとこう、ほら……あいつも元気だよ〜とか、連絡とろうか〜とか? そういう近況報告ないの?」

「連絡先を知らん」

「さいですか……」

 さすがに肩を落とす俺たち。なんだかみんな似たような状況なんだな。

 璃生のときとおなじように、また張込みで捜さなきゃいかんのか……そうため息をつこうとしたとき、璃生は意外なことを言う。

「居場所の心当たりはある」

 それを聞いて、俺たちは思わず璃生を見つめた。

「まじで?」「ほんとに?」

 ふたりの反応にまた眉を寄せつつも、彼は言葉を繋いだ。

「ああいう女は、ああいうところに行きたがるもんだ。実際、なんどか行ってたのを知ってる」

「?」

 首をかしげる俺と奈津が璃生に連れて行かれたのは、構内にあるオシャレなカフェだった。

「ほええ〜」

「オシャレだね〜」

 俺と奈津はそろって間抜けづらで感心していた。俺はもちろんのこと、奈津もこんなオシャレ空間に入ったことはなかなかないという。店員の立ち居振る舞いもオシャレだし、おなじ大学生であるはずの客もなんだかオシャレに見える。先日の同窓会で見たパリピたちとはまた違う人種のようだった。

「……あれ? アッキー、さっき『なんどか行ってたのを知ってる』って」

「それがどうかしたか」

「アッキー、どうしてそんなこと知ってるの?」

「ぐっ……そ、それは、」

 どうやら璃生の触れられたくないところに触れてしまったようだ。奈津は勢いでものごとを進める度胸がある反面、その勢いがたたって場をへんな空気にしてしまうことも多い。悠伽とは正反対の猪突猛進タイプだ。悠伽はどちらかというと、のんびりマイペースに進めていく性質たちだった。

「もう昔の話だ。そんなことはべつにいいだろう」

 あきらかに話題をそらした璃生に奈津は不服そうだったが、目的を思い出して気を取り直す。

 店内を見回すと、客層の特徴は明らかだった。共学の大学であるため構内の男女比はほぼ半々だったはずなのに、この店内はようすが違う。七割か、下手したら八割が女性だ。

 大勢のひとが集まるだけでも息がつまるのに、こうも女性ばかりの空間ではそもそもどんなふうに呼吸をしていいのかわからなくなる。シャンプーやら香水やらのにおいが混ざって目が回りそうだった。

 雰囲気に圧倒されている俺をよそに、璃生は目を凝らして店内を見回している。そして、ある一点を見つめると、上向き眉をさらに吊り上げた。どういう種類の感情かはわからないが、璃生にとっては望ましいことではないらしい。

「ビンゴだ」

 彼は小声でつぶやく。え、うそ、と頓狂な声をあげる俺たちを置いて、彼はつかつかと歩き出した。あわててついていくふたり。店の奥に進むにつれ、俺はますます呼吸ができなくなる。

 璃生はとあるテーブルの前で止まった。そのテーブルに座っていた女性の集団が、ぱっと璃生を向いた。そしてひとりだけ、すばやく奈津と俺にも視線をよこした女性がいた。奈津が息を飲んだのがわかった。おなじように、そのひとりの女性のまぶたがぴくりと動いた。

「中澄」

 璃生が低い声で彼女の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた彼女は、璃生を真っ正面から見据えた。

「璃生くん」

 彼女は璃生をその場に縫い止めるようにするどい視線で見つめながら、ため息に似た深呼吸をした。そしてその目線を外し、俺と奈津へ順番に向けた。

「……奈津と、刻都よね? あなたたち、こんなところでなにをしているの?」

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