第6話 ひとりめ

 梶賀かじか璃生あきお

 中澄なかずみ芙雪ふゆき

 彼らふたりが通っている大学は都内にあり、同窓会をやった会場のある場所からさほど遠くはなかった。じゃあどうして顔を出さなかったんだと思うが、まあべつに来てほしかったわけでもないから黙っておく。

芙雪フユたち、なんで来なかったんだろうね。けっこう近いのに」

 こちらは来てほしそうな口調だ。奈津は俺のように気後れすることもないだろうから、彼女的には近況報告や世間話のひとつやふたつ、花を咲かせたかったのかもしれない。

「ていうか、大学って関係者以外入れるのかよ」

 奈津に問いかける。きっと声が震えていたに違いない。大学なんて場所に行くのははじめてだったので、まったく勝手がわからなかった。おまけに大学周辺はお祭りみたいに人手が多く、ひきこもり症候群(=外出先で無性に部屋に帰りたくなること)が発症しはじめている。おうちかえりたい。

「あたしたち大学生くらいの年齢なんだから、べつに怪しまれないっしょ」

「無責任な……見つかったらどうすんだよ」

「正直に言えば? 二年の中澄さんと梶賀くんの友だちですって」

「なに言ってんだ。友だちとか恥ずかしくて言えるわけないだろ」

「なんでそんな自信に満ちあふれてるのさ……」

 駅からとある特定の方角に向けて、俺たちとおなじくらいの年齢の若者たちが移動する流れができている。その方角にきっと、璃生たちの通う大学があるはずだ。

「そろそろ引き上げようぜ」

「トキトが言い出したんじゃんっ」

「で、でもさあ……」

 奈津に強引に引っ張られながら、俺たちは大学の正門らしき通用口についた。門には守衛が駐在し、入り口を監視している。

「守衛がいるぞ」

「そりゃそうでしょ。堂々としてれば怪しまれないよ」

 たしかに奈津の言うとおり、この大学の学生とおぼしき若者たちは、堂々と正門を出入りしている。守衛はとくに気に留めるようすもない。守衛がこんな大人数の学生の顔を把握しているわけはないだろうから、大学という場所はあるていど開かれた場所なのかもしれない。

 それでも人が多い場所は勇気と覚悟が必要だから、ちょっとそのへんで休憩して英気を養おう……と思い、俺は彼女にそのとおりに提案しようとする。

「そ――」

「ほら、行くよ」

 提案を口にする時間を一ミリの毛ほども与えないで、奈津は俺を大学構内に引っ張っていった。

「い、いたい、ちゃんと自分で入れるからっ、無理やり引っ張るのはやめてっ!」

 俺の叫び声も意に介さず、奈津はずんずん構内へと歩を進めた。ちょっと堂々としすぎでまわりの注目を集め、逆に守衛に怪しまれそうだけど大丈夫なんだろうか。守衛を見ると、引きこもり大学生が知り合いに無理やり授業に出させられているくらいに思ったのか、俺たちを苦笑いで見過ごしている。似たようなもんなんだけれど我ながら恥ずかしい。

 大学構内は若者であふれ返っていた。平日のはずなのに校舎の外にこんなにひとがいて、もしかしてみんなサボってんの……?とそら恐ろしくなったが、どうやら奈津いわくそんなことはないらしい。大学という学びの場は自由闊達で、みずからが学ぶ時間を選ぶことができるというのだ。まるでフリーターみたいだ。そう言ったら奈津に「いっしょにしない!」と怒られた。

 構内には大きなビルが並んでいたり、公園みたいなスペースが設けられていたりしていた。公園スペースには大勢の学生がたむろしている。こんななかから、璃生たちを捜し出すことなんてできるんだろうか。

「だいじょぶだよ。きっと見つかるよ」

 なんの根拠があるのかさっぱりわからないが、奈津は俺たちが璃生と芙雪を見つけられると信じて疑わないようだった。俺もそれにつられて、見つかるんだと信じることにする。わざわざここまで来たんだ。いまさらあきらめて帰るだなんてこと、あまり考えないほうがいい。

 正門守衛横のベンチに座って出入りする学生を見張ったり、公園スペースで寝転がりながら休んでいる学生の顔をながめたり、食堂に入ってランチを取りながら食事中の学生を見比べたり……何時間か経過したが、俺たちは璃生と芙雪の姿を捉えられないでいた。

「さすがに無理があったのでは……?」

 通りの脇に喫煙所が設えられていて、その入り口にある自販機横のベンチで弱音を吐く俺を、奈津は真っ正面から見据える。

「悠伽を捜すって、トキトが言い出しっぺじゃん。こんなところであきらめるの?」

「んん……あきらめるわけじゃないけど……」

 奈津は「はあ」とため息をついて、

「また明日捜そ。今日は休講日なのかもしれないし」

 とベンチを立ち上がった、そのときだった。

「……っ!」

 喫煙所に入ろうとする学生ひとりと目があった。その学生はおそらくこちらに視線をよこしただけで、俺自身に意識を向けたわけではなかったんだろう。俺に気づかず、すうっと喫煙所のなかに入っていった。それでも、俺は気づいた。「大丈夫、きっと見つかる」――その言葉が現実となって、目の前に現れて、俺は思わず立ち上がった。

「えっ、ちょっ、トキト、どしたの」

 あわてる奈津を尻目に、俺は喫煙所に駆け寄った。思い切りドアを開く。ばたんっ!という大きな音がして、一服中の学生たちの視線が一気にこちらに集まった。俺の視線がそいつと重なった。彼の目が大きく見開かれたのがわかった。

「璃生っ!」

 その男、梶賀璃生はくわえていたたばこをぽろりと落とした。しかしそれに構うことなく、見開いた目を俺に向け続けている。半開きの口から、言葉がこぼれた。

「おまえ……刻都か?」

 見つけた。間違いなく璃生だ。彼は変わっていなかった。中学時代からかけていた眼鏡はなんとなくオシャレになっていたし、髪の色は明るくなったし、一丁前にたばこなんて吹かしてやがるけど、彼は変わっていなかった。

 変わらないものを信じて進んでここまで来た、俺と奈津の勝利だ。

 俺は大きく息を吸い込んで、言った。

「そうだ、俺は……げほっ、とき……げほ、えほっ……! ぐぅ……けむり、ぐるじい……っ!」

 璃生が叫んだ。

「台無しだろ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます