第1章 よにん
第2話 まち
ひさしぶりに浴びた外の風はひんやりと心地よく、部屋のにおいが染み付いた肌をやさしく撫でた。三月の夕方でよかった。これが真夏の真っ昼間だったたら、太陽は容赦無く俺を殺しにきていただろう。うす暗い夕闇に浸された街の、ぼんやりと浮かぶ灯りを眺める。街はいま、落ちてくる夜を受け止める準備をしている。これから孤独な闘いをはじめようとしているひとりの人間のことなんて、気にも止めてくれないだろう。俺ひとりがいなくても、かってに世界は廻る。二十年間生きてきて唯一勝ち取った、もっともらしい教訓だ。
大きな交差点に立って青信号を待つ。街ゆくひとびとといっしょに足を並べると、自分の孤独が浮き立つようだった。ライバルたちがスタートラインに並ぶ徒競走で、よーいどんの合図を待っているみたいだ。でもいまは、かけっこを競うライバルなんていない。
どうしてこんなうるさい街に住んでいるんだろう、となんども思った。親からの仕送りも止められ、苦手なバイトをしばしば無断欠勤しながら(よくクビにならないな、と自分でも思う)、俺はこの街を離れられないでいる。この街に身体を縫い付けられたままでいる。きっとまたいつか、失ったなにかを見つけられるという幻想を抱いているんだろう。
いや、まがりなりにも見知ったこの街を去るのが怖いだけなのかもしれない。この街を出ていったところで、俺に行く先なんてないんだから。
交差点を渡って駅へ向かう大通りに入ったところで、ポケットがぶるぶると震える。取り出したスマホを見ると、グループトークに一通のメッセージが届いていた。
『リマインドでーす! みなさん、同窓会は今日の六時から! 遅刻したら
既読スルーを決め込んでスマホをしまう。いまから電車に乗れば充分間に合うはずだ。どうせ頭数あわせのために強引に押し切られて参加を決められたのに、遅刻ごときで全員におごらされてはたまったもんじゃない。
中学の同窓会。
そんなものに行ってなにになるんだろう。過ぎ去りしころの思い出話を語りあったところで、俺の未来が変わるわけもあるまい。いまなにしてる、そんな話にだって興味はない。きっときらきらした人生を謳歌しているかつての友人たちの、積もりつもる自慢話や苦労話やインスタ映え写真を見せられながら、すごいねーいいなーと心にもないリプを飛ばさなきゃいけないんだ。
かといって強引な誘いを断る勇気もなく、ましてやドタキャンなんかをぶち込むずるさもなかった。ただ自分の境遇にため息をつきながら、会場へと向かう道をひたすら辿った。その境遇に置かれたのも、俺自身のせいのくせに。
どうしてこうなったんだろう。
懺悔の祈りに似た後悔が、俺の心に巣食う思考のブラックホールが、いつまでも俺を飲み込まないでいるのは、たったひとつの希望のためだった。
たったひとつ、俺をこの街に縛り付ける希望。
ろくでもない同窓会なんかに顔を出す理由。
なにもかもを失った俺に残された、ほんのわずかな可能性。
「
六年前に失った彼女の影を捜し求めて、俺の心はいまもこの街をさまよっている。
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