第14話 ヒーローは空を飛ぶパート2

 僕らしくあるとはどういうことなのか。そもそも僕とはなにか。僕には分からない。

一生――分からないかもしれない。


「まあ、それはしょうがないか」僕は放課後の教室で帰る準備をしながら、そう呟いた。


 今日も仮町は休みらしく、結局僕は何をしたらいいのか決めることが出来ないままであった。けれどその点に関してはもう気にしていなかった。元々分からないことや、迷ってしまうことから逃げるのは得意だったから。


 今回の事件のことも、自分らしさがなんなのかということでさえも、逃避することが出来た。なんの迷いもなく軽々と立ち上がり、廊下に出た。

 誰もいない廊下に、足音が響いていた。その音はどたどたという音を立てていて、その音の発生源は一切見えないが、とても重そうな音だった。


 しばらくしてその音が階段を上がり、この階に近づいているのだと気づいた。しかし、足音は僕のいる四階を通り過ぎ、更に上へと進んでいった。


 変だ。この校舎は四階建てでこの上となるとあるのは屋上だけだからだ。その屋上は年中鍵かかっており、使うのは『~部全国大会出場!』みたいな垂れ幕を垂らす時くらいらしい。そんな場所に、この足取りの重い人物は何をしに行くというのだろうか。


 僕は少し考えてみた。屋上に向かっているのだから、屋上に用事があるのは間違いないだろう。しかし、入れない屋上になんの用があるというのだろう。

 いや、そうじゃない。入れるのだ。鍵を盗んだ犯人なら屋上の鍵を持っているのだから。今階段を昇っているのが犯人なのだ。


 けれど、それが誰なのか僕には分からない。あの三人の容疑者でないことは確かだが、あの三人以外に犯行が可能な生徒はいない。いない――はずだ。


 でも僕は知っていた。知っていて、知らない振りをしていた。

 四月の事件で南野さんが思ったように、そんなことはあり得ないと思っていた。思ってしまっていた。

 いや、違う。それは自分の弱さを隠した言い方だ。友達に恨まれるのが怖くて、正直な気持ちを言うことが出来ない臆病者の言い訳だ。


 でも大丈夫だ。だって今なら信じられるんだから。初めは信じられなくて信じなかったことだけれど、彼女の愛情の深さや目的を理解して受け入れることが出来た。

 僕は、弟を背負って、必死に階段を昇る梨花の姿を思い浮かべ、微笑んだ。


 ちょうど階段を降りていた時、下の階から数人の教師たちがものすごい勢いで階段を駆け上がって来た。僕の横を通り過ぎると、そのまま上へと上がっていった。

 僕の体は勝手に動き出し、カバンを投げ捨てて階段を駆け上がった。僕の体は今まで感じたこともないほどの速さで動いた。どんな理由で、なにが原動力となって、僕はこんなに早く動けるのか分からなかった。

 でも、友達の為だと思うことが一番良いと思った。


 僕は教師たちの横を通りぬけ、先に屋上に入った。

 最初に目に入ったのは、フェンス近くにいる梨花だった。梨花は和人くんをおんぶして遠くを眺めていた。和人くんも梨花の肩に頭を乗せ、遠い空を見ていた。

 僕はすぐにドアを閉め、全身の体重をかけてドアを抑えた。ドアが閉まる音に気づいた梨花が振り向いて、驚いた顔を見せた。


「ど、どうしたの?!」

「もう少しで教師たちが上がってくる。僕がドアを守るから安心してくれ」


 内心そんなことは無理だと分かっていた。教師たちは皆男性で、三人もいたのだから。僕一人では三秒と持つまい。でも、そう言ってあげたかった。少しの間だけでも梨花のしたことを守ってみたかった。

 案の定、ドアが開かないことに気づいた教師たちは力いっぱいドアを押してきた。背中に力を感じ体が押され浮き上がりそうになった。ドアが外開きだったならこの一瞬でさえ守れなかっただろう。でもその一瞬も終わり、多分あと数秒で限界が来ようとした時だった。

 何者かが僕の横から現れ、ドアを一緒に抑えてくれた。それは仮町だった。何故か口元に痛々しい痣を作っている仮町がそこにはいた。


「よう、楽しそうだな」

「な、どうやって……」

「前言ったろ。ヒーローだからな、空飛べんだよ」いやらしい笑顔でそう言う仮町に一瞬殺意が湧いた。人が大変な目に遭っているというのに、何を呑気なことを言っているんだ。


 僕はどうやって仮町がここに来たのかと疑問に思った。空を飛んできたのはあり得ない。しかし、最初屋上にいなかったのは間違いないのでどうやって来たのか分からない。ドアはこうして塞いでいるのだからこの屋上は密室だった。だとしたら方法は一つだった。


「登って来たの?!壁を?」

「なに驚いてんだよ。この前も似たようなことやって見せたじゃねえか」


 家屋の二階程度の高さを登るのと、学校の屋上まで登るのは全然違うと思うんだけど。しかしそんな彼の狂った行為に気を取られている場合ではなかった。二人がかりでもドアを抑えるには足りなかった。ドアは浮き上がり始め、今にも開きそうになっている。


「もう駄目そうなんだが」

「弱音を吐くな。いいもの持ってきたんだ。ちょっとの間任せていいか?」仮町は僕の返答を待たずにドアから手を放した。ドアはさっきよりも十センチほど大きく開き、僕は慌てて呼吸を止めて力を込めた。


 仮町は背負ってきたリュックの中から木の板を数枚と五寸釘とトンカチを取り出した。


「ナイト・オブ・ザ・リビングデッドみたいだな」と仮町は楽しそうに言いながらドアと壁の継ぎ目を覆うように板をあてがった。


 しかし、ドアは鉄製で壁はコンクリートだった。当然釘が刺さるわけがなかった。

 僕が仮町の馬鹿さに怒りをぶつけようとしたとき、ドアが開き大人たちがなだれ込んできた。僕たちは教師たちの下敷きとなり、身動きが取れなくなった。


 その時だった。腹に響く、鈍い音の衝撃を感じた。

 花火が、上がったのだ。遥か遠い空の近くで、光の花が瞬いて消えた。

 人の壁で見ることは出来ないけれど、きっとそうだと信じていた。


「大丈夫ですか?」花火の音に紛れて梨花の声が聞こえた。


 教師たちはゆっくりと立ち上がり、身動きが出来るようになった。

 起き上がった教師の一人が声を荒げて叫んだ。


「どういうことか説明しろ!」

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