第15話 真相解説

 僕たちは指導室に呼び出された。しかし梨花は、弟を病院に連れて行かなくてはいけなかったので詳しい話は明日ということになった。

 仮町と僕は錆びついたパイプ椅子に並んで座り、怖い顔をした教師と相対していた。


「で、どういうことなんだ?」目の前の机を勢いよく叩いて言った。

「その前に教えてください。なぜ屋上に来たんですか?」

「他の生徒から屋上に人がいると言われた。自殺の可能性もあったから急いで向かった。これでいいか?」僕の質問に腹を立てたのか、教師はさっきよりも強く机を叩いた。


 僕は考えていた。どうすれば、どう答えれば、梨花を救えるのか。

 そして僕は答え――。


「俺が犯人だ」先に仮町が答えた。僕は呆気にとられ、ただ横にいる顔の整った人間を眺めていた。

「犯人とはなんだ。抽象的にではなくちゃんと話せ」また強く机を叩いた。手も痛いだろうになんでこんなことをするんだろう。


「俺はこの前火災報知器のボタンを押し、生徒を避難させて校舎を空にした。そして職員室から屋上の鍵を盗んだ。そして今日屋上の鍵を開けて、梨花に弟を連れてそこに行くように伝えた。俺が計画し、俺が実行した。こいつはただ、クラスメイトが屋上に行ったから気になってついて行っただけ。そうだよな?」


 僕はなんと答えていいのか分からず、黙り込んでしまった。怖い顔の教師はそれはイエスと捉えたらしく、そこからは仮町に対する尋問だった。

 教師が問い、仮町は答えた。臆することなく、堂々と嘘をつき続けた。でも彼の凛とした答え方には嘘などないように思えて不思議だった。



「どうしてあんなことを……」


 一時間に及んだ尋問から僕たちは解放され、いつも通り並んで帰路に着いていた。僕は下を向き低い声で彼に質問をした。彼はふっと鼻で笑って答えた。


「お前だってやろうとしただろう」

「そんなことは……」無いとは言えなかった。あの時僕は彼と同じことをやろうとした。彼を責める権利は僕には無かった。


 でも、それでも、じゃあこの感情はどうしたらいい……。


「君は自己犠牲が嫌いなんじゃないのか。君がやったことは自己犠牲でなくてなんだと言うんだ……」感情は溢れ出し、枯れ果て、声には怒りが籠っていた。


「それでもやっちまう。友達の為ならな」

「梨花の為か」

「それもある。でもお前の為ってのもある」


 僕はずるいと思った。そんなことを言われたら、怒る気もなくなってしまう。ずるくて卑怯で、でも大きな人間だった。


「僕に何かできることはないか?」

 そう言うと仮町は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「どうやらこのままいくと、夏休みは補習を受けそうなんだ。だから宿題を手伝ってくれると助かる……」

「分かった」僕は微笑みながら頷いた。


 僕は自分の頭の中を整理するために、今回の事件を思い出しながら仮町に語ることにした。


「梨花は火災報知器のボタンを押して校舎を空にしようとした。しかし中々避難しようとしない皆にしびれを切らし、避難誘導をした。あの時僕は、列の最後尾に梨花がいると思い込んでいた。でも梨花はそもそも避難していなかったんだよ。そんな必要がないことを知っていたから」


 梨花はあの時、火事だとはっきり告げて避難を促した。しかし実際に火が出ていないのに、あそこまで言い切るのは少しおかしい。僕はその違和感をずっと感じていた。しかしそんなことはあり得ないと考えることで、考えることを放棄してしまった。


 横を通り過ぎる車のライトが仮町の頬を一瞬照らした。悲しそうな目をしていて、口元の痣が痛々しかった。


「鍵を全部盗んだのは目的が屋上だと知られたくなかったからだ。バレてしまえば屋上の鍵を変えられてしまう。それを防ぐためだった」


 そして今日、彼女の目的は完遂された。

 弟に花火を見せたいという願いは叶ったのだ。彼女は間違ったことをしたのかもしれない。しかし、彼女の願いは叶って当然のものだと思っていた。

 それでいいと思っていた。


「そういえば君はなぜあそこに来たんだ?それとその口元の痣はなんだ?」


 仮町はにっと悪戯好きの子供のように笑った。


「許さないことを許さなかった。ただそれだけさ」


 僕は少し考えて、彼がしたことを理解して晴れやかに笑った。


「それをお前に自慢したかったんだ。だから学校に来た。そしたら屋上から物騒な物音がしたんでな」多分、ドアに体当たりをされたときの音だろう。「屋上に梨花が見えたから、何事かと思ってよじ登った」


 途中まではなんとか理解できたが、よじ登ったという部分が謎過ぎた。でもそれ以上に、僕には聞きたいことがあって、そんな彼の奇行など一切気にせず質問した。


「天野くんは学校に来れそうかい?」

「ああ、今日家に行ったら明日から来るって言ってた」仮町は自分のことのように、嬉しそうに笑った。


 その時の彼の笑顔を僕は忘れないないだろう。

 ヒーローと愛情あふれる彼女のことを、僕はきっと――忘れない。

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