第12話 僕らしさ

 校舎裏、図書館が覗ける窓の近くに行くと、地面にタバコのフィルターが数個落ちていた。よく見ると口紅が付いているものと付いていないものがあった。避難の時ここにいたと思われるお不良のお二人は、男女のペアだったはずだから二人とも吸っていたということだろう。

 僕はその事実を確認すると、さっき頭に浮かんだ推理に確かな自信を持った。

 ポケットから携帯電話を取り出して電話をかけた。二回の発信音の後で出てくれた。


「もしもし、僕だけど」

『ぼくぼく詐欺のかたですか?』仮町は腰に響かないように弱弱しい声で冗談を言った。

「ふざけてないで聞いてくれ。君が調べてくれた三人が無実だって分かったんだ」


『おお、そうか』もっと驚いてくれると思ったのに、仮町はまた薄い反応を示した。

「それだけ?もっと驚くと思ったのに」

『腰が痛くてな、大きなリアクションはできん』

「大丈夫なの?」

『一応病院には行ってきたんだがな、数日で治るだろうしか言われなかった』


 まずい。このままだと話を流され、僕の活躍の場面が無くなってしまう。折角格好良く推理を披露しようと思ったのに。そんな思いを感じたのかは分からないが、仮町は『で、どうしてあの三人の中に犯人がいないと分かったんだ?』と聞いてくれた。


 僕は顔を綻ばせ、弾む心を押さえつけながら語った。


「まず不良の二人が犯人じゃない理由だけれど、彼らは避難の時校舎裏でタバコを吸っていたんだ。だから白だよ。肺は真っ黒だろうけど」

『ふうん。お前のことだから裏どりもバッチリなんだろうな』

 裏どりは出来ていなかった。しかし、この仮説は僕の中でしっかりと組み合わさり、崩すことなど不可能だった。頭の中に浮かんだアイデアはウイルスのように脳を侵食し、それ以上の何かなどあり得ないと思ってしまう。


「まあね」話を聞いてもらうために小さな嘘をついた。「そしてその喫煙に使っていた場所は校舎裏。そこは避難するとき通る廊下の窓から十分見える位置にあったんだ。そしてその現場を天野くんは見てしまった」


 ここからは完全な推測でしかなかった。先輩の言葉を受けて、僕の頭の中に浮かんでしまったウイルスだ。


「そして天野くんは不良の元へ行き、避難を促した。しかし冷たく非情な言葉を返され撃沈した。それが天野くんの不登校の理由だよ。鍵が盗まれたこととは関係のないところで、そういう出来事があったんだよ」

『へえ、そいつは残念なことだな。推理は振り出しに戻ったわけだ』


 腰が痛いからなのか、声には感情が籠っておらず、あまり残念そうには感じなかった。


「そうだね。でも、もう少し調べてみるよ」

『そうか。お前がそこまでやる気だとは意外だな』


 そう言われても僕には僕にやる気があるのかいまいち分からなかった。この感情の正体を僕は知らない。真相を知りたいという気持ちが、どこから来ているのか、源流がどこにあるのか分からない。


「僕は何がしたいんだろう」

『それはお前にしか分からんさ』

「君は何をしたいんだい?」

『俺か?俺は――』彼はそこで言葉を止め、余韻を使って自分の気持ちを噛み締めているようだった。『――許せないことが許せねえのさ。だから許せないことは許さない』


 それはエゴの塊で、自分勝手な言い分だった。実際彼はその心情を優先するあまり、民家の窓を割ろうとした。それは異常な行動だったし、正しいとは言えなかった。


 けれど、それは正義と言えるものなのかもしれなかった。

 正義は正しさが重要ではない。自分の中身を、どれだけ正直に表せるのかが重要なのだ。嘘をつかず、見栄を張らず、虚勢で動かない。そんな行動の中にこそ正義は存在している。


「だったら君は君らしくいてくれ」


 僕も僕らしくしてみせよう。

 分からないことは、分かるようになろう。それがきっと僕らしさだ。自分の世界で生きる、弱い僕の、僕らしさだ。

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