第11話 探偵と先輩
翌日仮町が学校を休んだということを、朝僕の席にやってきた梨花から聞いた。梨花は少し心配した様子だったが、僕は単に昨日打った腰の影響だと思ったので心配はしなかった。
「ねえ、一年C組の天野くんって知ってる?」
「いや、知らないよ」梨花は素っ気なく、興味もなさそうに答えた。
「その子が今不登校真っ最中らしいんだよ」
「へえ、そうなんだ。その子がどうかしたの?」
僕は梨花に仮町の推理の結果、その天野くんを犯人と考えていることを話した。
「それは違うと思うよ」
得意げに語る僕の顔は、梨花のその一言で崩れた。
「どうして?」
「どうしてとかは答えられないけど、その天野くんは犯人じゃないと思う」
僕は梨花がなぜそんなことを言うのか考えてみるが、分からなかった。当然だ。きっと彼女自身でさえもよく分かっていないのだから。でも、彼女の言葉にはなぜか説得力があった。嘘をついているようにはどうしても見えず、本心から天野くんの無実を訴えているように感じた。
「君がそういうなら、違うのかもね」僕がそう呟くと、予鈴が鳴り梨花は自分の席に戻っていった。一人取り残された僕は頭を悩ませ、またも授業のことなど頭に入らなくなってしまった。
もしも、梨花の言うことが正しくて、天野くんが犯人じゃないのなら、何が彼を不登校にしているのだろうか。
昼休み、僕は昨日からずっと感じている自分の役立たず感を払拭するため、一人で成果を上げようと考えていた。仮町がいない今が絶好の機会であった。
僕は一年生の教室がある四階から、三年生の教室がある二階へと降りた。そして昨日仮町が調べてくれた情報を元に三年B組に向かった。しかし教室の前で立ち尽くし、どうしたものかと考え込んでしまった。
面識のない人間が沢山いる空間に単身で乗り込む勇気がないことに、今更気づいた。気がつけば数分間教室の前で立ち尽くし、教室の前でもじもじしていた。通りかかった生徒や教師に変な視線を浴びせられ続けた。それを見かねてか、不審者を追い払うためか分からないが、背の高い優しそうなお姉さんが話しかけてきた。
「どした下級生よ」その先輩は鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔を近づけてきた。僕はまさしく目と鼻の先にいる女性に対して胸を高鳴らせてしまった。
僕は暴れる心臓を沈めるべく一歩後ずさった。しかし僕が引いた分先輩は近づいた。そして引いては足されという無意味な計算を繰り返し、とうとう廊下の壁まで追い詰められた。僕の背中をぴったりと壁に押し付けさっき以上に戸惑った。
「えっと、その、人を探しているんですが……」なんとか言葉を発したが、壊れたラジオのほうがよっぽどいい音を出すと思えるくらい、途切れ途切れで小鳥の囀りのように見苦しい声だった。
「誰?なんて人?」
僕は昨日聞いた二人の名前を思い出そうと試みたが、緊張と興奮で上手く思考が働かなかった。
「特徴とかは?」困り果てた僕を気遣い、先輩はそっと優しく質問してくれた。外見のことは聞いていなかったが、一つ手がかりとなりそうなことを思い出した。
「やんちゃしている感じです……」見たこともない先輩を不良呼ばわりすることに躊躇いを感じ、ソフトな表現で伝えた。
「ああ、あの悪ガキ二人か」先輩は溜息をつき、心底胸糞悪いといった様子で顔を歪ませた。「それで、あいつら君に何かしたの?私が懲らしめてやろうか?」
年上とはいえ女の子にこんな心配をされるとは思わなかった。自分の弱さにほとほと愛想が尽きる。
「いえ、そういうわけではないんですが。聞きたいことがあって」
「なになに?」
「この前の避難の時、お二人は避難しなかったみたいなのでどこに行ってたのか知りたくて」
僕が質問すると先輩はまた顔をしかめ、不愉快な心を露わにした。
「多分あの時は、タバコでも吸ってたんだと思うよ」
僕は未成年が喫煙をするという非日常的な情報に驚いた。しかしすぐ、まあそういうこともあるのだろうと受け入れた。ただ僕が知らないだけでそういうことは世界には溢れているのだろう。
「どうして分かるんですか?」
「あいつら馬鹿だから私たちに気づかれてないと思ってるみたいだけど、とっくに皆気づいているのよ。臭いも酷かったしね」
先輩の表情を読み取って、将来自分がどういう大人になるかは皆目見当もつかないけれど、タバコだけは吸わないようにしようと心に決めた。先輩のタバコに対する嫌悪感は相当なもので、今の先輩の顔を見れば誰でもそう決意するだろうと思った。
「それに誤報騒動があった日、自分で自慢げに話してたもの。『今日後輩にやべえところを見られたが、脅して黙らせてやった』とかね。だからその脅された子が君かなって最初思ったんだよ」
先輩のその言葉を聞いて、僕の頭の中に何かが閃いたのを感じた。
「先輩、その二人が普段どこでタバコを吹かしているかご存知ですか?」僕は自分の頭の中に生まれたものを忘れないうちに答えを出したくて、早口気味に質問した。
「う、うん知ってるよ」先輩は僕の慌てた様子に戸惑っていた。
「校舎裏で、多分図書室に行くときに通る廊下の辺りじゃないかな」
僕は先輩に丁寧にお礼を言って、足早に立ち去った。しかし背後から呼び掛けられ、足を止めた。
「ところでさ、下級生君はなんのためにそんなことを調べてるの?」
返答に困った僕はあいつの言葉を借りた。ヒーローに助けを求めた。
「探偵なので、悪徳を栄えさせるわけにはいかないのですよ」
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