第5話 助手は窒素
ミステリードラマの名探偵は不完全を嫌う。そして助手はそんなことは気にせず、考えた推理を次々と披露し選択肢を潰していく。名探偵はそんな賢明な助手の努力からヒントを得て、事件を解決する。つまりは美味しいとこ取りをする。そのくせ分かったと口にしておきながら、「まだ仮説の段階だ」とか言って中々話してくれない。
相当性格が悪い。誰のおかげで解けたのかを分かっていない。だから僕は昔から助手の方が好きだ。これはどうですか、と笑顔で推理をぽんぽんと披露する助手はとてもいい人だから。
そんな助手を僕みたいな人間が務めることになったのは、何かの間違いだと思いたかった。
「おいワトソン、どう思う?」粗暴な口調で仮町は言った。
仮町と出会ってから次の日のお昼休み、仮町は僕のいる教室にやってきて「捜査しに行こうぜ」と誘ってきた。それは「校庭でサッカーしようぜ」と言うような日常の爽やかさを持っていた。そんな爽やかさに騙されて、僕はのこのことついて行ってしまった。
「どう思うも何も、ただの林じゃないか」
僕たちがいる場所は校舎裏の女子更衣室近くの林だった。芝刈りをさぼっているのか林の草は伸び放題で、僕の腰の辺りまで成長していた。
「ここから更衣室まで十メートルくらいだな」
仮町は右目を閉じて、更衣室の窓を眺めながら目算して言った。
「雀ちゃんの言う通りだな」
「この距離なら持ってる携帯の形状くらいは分かって当然だと思うけれど」
「でも顔は見えなかったのか……」
仮町は意味深な独り言を呟いて、黙り込んでしまった。
「なあホームズ、僕はそろそろ教室に戻って弁当を食べたいんだが」
薄情な助手は腹の虫に耐えかねて撤退を提案した。すると仮町はポケットから饅頭を取り出して僕の方へ投げた。僕はなんとかそれをキャッチした。
「粒あん好きか?」
「好きだけど、こんなものより弁当が食いたいよ」
「えり好みすんなよ。そんなに親の弁当が好きなのかよ」
親じゃないよ、とは返せなかった。そんな辛気臭い話をする気分じゃなかった。
「空っぽにして帰らないと心配されるんだよ」
「あとで俺が空っぽにしてやるさ」
「それは御免被るよ」僕は溜息をつきながら言った。
「そういえばよ」僕の溜息を無視して、仮町は思いついたように聞いてきた。
「お前のガラケーを見せちまえばいいんじゃねえか?盗撮した写真がなければ証拠になるだろ」
「もう見せたよ。でも、僕この携帯で写真撮ったことなくてさ。それが逆に怪しいって言われたよ」
職員室に呼ばれたとき携帯の画像フォルダを見せたが、一枚も写真がないのは放送で呼ばれたとき慌てて『全削除』をしたからではないかと言われてしまった。
「ところで昨日大体分かったと言っていたけれど、どれくらい分かっているんだ?」
「七割くらいかな」
「そんなにか」正直頭がいいという印象はなかったので、一日でそこまで推理できていることに驚いてしまった。
「残っている三割の謎って言うのは?」
「一つはこの距離でなぜ顔が見えなかったのか、そして二つ目は雀ちゃんがどうして叫んだりしないで後日友達に相談なんかしたのか」
仮町は林をかき分けて進みながら謎を定義していった。
「一つ目は犯人が彼女に見つかったことに気づいてすぐ逃げたからで、二つ目は彼女の性格的な問題じゃないのか?」
「俺もそう思うよ。でも引っかかるんだ」
僕は饅頭の包装をぺりぺりと丁寧に剥がして、一口食べた。とても甘くて美味しかったがお茶が欲しくなった。
「三つ目はどうしてガラケーを使ったのか……」
「それは僕に罪を着せるためじゃないのか?」自分でそう言って、愚かな考えだと気づいた。もしもその推理通りなら、犯人はガラケーを持っている生徒が僕だけだと知っておく必要がある。つまり小鳥沢先輩が犯人と言うことになる。しかし、小鳥沢先輩に貶められるような恨みを買ったつもりはない。むしろ彼女は僕がガラケーと言うことを知って興味を無くした様子だった。
「その通りだよワトソン君。窒素みたいな君が人の恨みを買うとは思えない」また仮町は僕の考えを軽々と読んで見せた。
「窒素?なんで僕が窒素なんだ?」
「お前って良いやつそうだけど、自分の意志がないみたいだからな。だから俺に付き合ってくれているんだろ?それってなんだか窒素みたいだろ」
特に性質はなく、ただそこに在るだけ。なるほどそれは確かに僕にそっくりかもしれない。
「温暖化を生む二酸化炭素を憎んでも、窒素を憎む人間なんていないさ」
受け取りようによっては、罵倒ともとれる言葉だったが僕はなんだか彼の表現を気に入ってしまった。
「さて、そろそろ帰るか」仮町はそう言って背を伸ばし、深呼吸をした。
僕は食べかけの饅頭を食べきって、仮町と一緒に校舎に戻った。
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