神名乗りし男へ毒を


「よお、『器』。カシウアザンカ以来だな」


「何用だ、腐れ神。通行の邪魔だ、どけ。どいて死んで自ら屑籠に入れば手間要らずだ」


「ちっ、たかが『器』風情が舐めた口を」


「好きな口を利く。私はひとだ。どのような言葉を使おうとどうしようと自由だ。ついでに言えば無神論者なのでお前がどんなに偉大さを示そうと頑張ってもどうでもいい」


 ツチイエが御者台で訝しそうな、というかサイの発言に膨大なはてなをつくられたような顔をしているが、今は忙しいのであとで説明する、と合図し、サイは目の前の敵に対するように瞳を細めて威嚇する。


 神を騙る邪悪に。もしくは邪悪な心持ちてひとを地獄に堕とす邪神に対する。ツチイエはサイの言葉から、そして相手のただならぬ雰囲気から非常に危険な存在がサイの敵として現れたという一点については理解したのか、背中の傘に手をかけている。


「愚かしいな、マシーズ・エナ。こんなゴミを手元に置こうとは。闇に魅せられるあまり脳味噌いかれたか? もしくはこれの闇ばかり見つめ、不吉が見えなくなったか?」


「気をつけて先を言え。場合で首に別れを告げてもらうことになる。マナ様を貶す者は」


「自分が許さない、ってか? ははは、お笑いだな! この戦国で現物の得物を使うお前になにができる? まだ『器』の方が脅威だ。まあ、それも所詮、程度だがな」


「ふむ。己の脅威になる者がこの世にいる認識はあるようじゃな、位低き神よ。いや、それとも、上位の神々にいいように扱われる使い走りが正解かのう? カヌー?」


 車の中から聞こえてきた声にサイは驚く。この、神としか名乗っていなかった男の名をどうしてマナが知っているのだろう? それはマナにカヌーと呼ばれた男もそうだったのか目を見開いている。驚いている男を意に介さずマナは笑みすら含んで続ける。


「闇とはたいがいにおいてある程度の不吉を孕んでいるものじゃ。他の属性保有者に比べその確率は顕著。たかがその程度のことでわしはサイを見捨てる真似なぞせぬ」


「そのうち、いやというほど知れるさ。それの、その道具の不吉を舐めるな、女王よ」


「ふふ、話は以上かの? では、早々にどくがよい。サイが言うように通行の邪魔じゃ」


 マナの言葉にカヌーはいたく気分を害された様子で地に唾を吐き、風に溶けて消えた。


 サイは念の為、気配を探ってみるが、あの神に、カヌーに独特の粘っこい殺意は消えていたのでツチイエに目で謝罪した。が、ツチイエは気にしないでいい、とばかり首を振って、サイに中へ戻るようにとすすめた。きっとマナが心配して待っているから、と。


 サイは自分よりいくらも大人であるツチイエに感謝して中へ戻っていった。すると、そこでマナが待っていた。カヌーに傷つけられて辛い思いをしてはいないかと、心配するようにサイを見つめる女王にサイは大丈夫、と頷いて答えた。これにマナは優しく笑う。


 本当に保護者のように在る、在ってくれるマナにサイは感謝しても足りないくらいだった。ずっと求めては諦めてきた愛情がそこにあることでサイは少し、救われた気がした。


「あいつのこと、知っていたの?」


「あやつはのう、初春の頃よりこの戦国に不吉をまいていた者じゃ。まさか主が関係しているとは思わなかったが、ずっとアレの不吉をたどっていた。国難にもなりうるでの」


「なのに、つけ狙われている私を放りださないのか? 今ならまだ間にあうというか」


「この程度で放りだすくらいなら最初から拾わぬ。安心せい、サイ。大丈夫じゃ」


 サイに無用な心配だ、と言ったマナはサイをそばに呼んで頭を撫でた。優しい、柔らかな温度。ずっと、ずっと渇望してきたものがすぐそこにある。サイはそれだけで嬉しかったし、満たされた。マナについてきてよかったと思い、撫でられるに任せた。


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