呼ばざる者
エネゼウルの車が走る。来た時と違う点は新しい戦力を乗せているということ。車中、マナの隣に立っている女戦士。サイはマナがすすめるのに遠慮して立ったまま。
女の瞳には一抹の淋しさがある。その理由に心当たりがあるマナは敢えて訊かない。
最後、城で別れを告げられたルィルシエ王女がその場で泣き崩れてしまったのを気にしているのだ。なんだかんだと優しいサイ。悲しみのあまり立っていられなくなった王女を気にかけてしまっている。悲しみを罪と思いかけている。だから、そこだけ訂正する。
「ずいぶんと泣き蟲なようじゃな」
「よく嘘泣きもするが、アレは」
「それを罪に思う必要はないぞ、サイ。それは当たり前の、幸福の為の尊い犠牲じゃ」
「犠牲に尊いもクソもないと思うが」
「それでも、主の心は揺らぐまい? あそこで王女に泣かれたからと留まろう、とは」
「うむ。思わぬな」
一国の王女が嘆きをどうでもいい扱いで背に捨てたサイにマナは笑っている。微笑ましくサイを見ているのでサイはきょとんとして無表情のまま首を傾げる。
サイがマナの笑みを不思議に思っているようなのを感じてマナは簡単に答える。とても簡単で喜ばしい答をサイに贈った。
「ようやく瞳に笑みが見えてきたようじゃったのでな。それが嬉しいのじゃよ、サイ」
言われてサイはきょとんを深めた。そんなに緊張していただろうか、と自問自答し、していたかもしれないと答がでた。だってそう。いつ殺されるかわからない中にいる、生きることを常に考えて生きていかねばならないストレス、心的負荷は相当のものだった。
それから解放された。と、なれば瞳が安堵に揺らぐのはごく自然なことなのだろう。
「なんだ、お前は」
女性ふたりが車中で平和な会話を楽しんでいると不意にツチイエの声がした。男の声には警戒と訝しむような色。気づけば車は停まり、森閑とした小道の中にエネゼウルの車が一台限りという状況でツチイエは車の通行を妨害する何者かに問いを放っている。
「邪魔だ」
「邪魔をしているのはお前とお前の主人だ」
ツチイエの素っ気ない言葉に返されたのは異常な冷たさを含んだ声。その声にサイは聞き覚えがある。なので、マナに目で断って御者台にでていき、車をおりた。
そこにいたのはこの島国ではまず見慣れない姿の男だった。細面だが、しっかりとした重心を持っているそれは金色の髪に冷たい翠の瞳を持っていた。
わかる。今まではずっと他人の姿を借りていたが、発しているのが同じ気配だから。だからこの目の前の姿が本性というより本来の姿。どういう気まぐれなのか、自分自身の姿で男は、自称神はサイの前に姿を現した。
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