安息の喜び
車が再び進みはじめる。小道を抜け、大きな街道にでた車はかなり多くの者に避けられながら進んでいき、ウッペからそこそこに距離のある国、ルーザに到着。この国には王もそれに等しい者もいない。宿泊施設と土産屋が揃っているだけだそうだ。
そんななのにどうして国名が、と思ったが、マナは土地の名前として古くから呼ばれてきたのが国の名になっただけ、だと言ってサイに教えてくれた。土産屋には主にウッペの都フォロで売られていたものが人気商品として多く見受けられた。
こうして見るとやはり東ではウッペ国というのは大きな国だったのだな、と思われた。
見たことのある土産を名産として売っている売り子の声を聞きながらサイはマナとツチイエについて今日泊まる宿へと向かう。
宿屋の主人はエネゼウルの者と聞き、ひどく委縮して見えた。これにサイが首を傾げるも、主人はこちらが注文をしないうちに一番上等な部屋の鍵を寄越してきた。イミフ。
「我がエネゼウルは闇に通じる国として有名での。あのように肝の小さき者は怯えて委縮してしまうものなのじゃよ。おかしなことじゃろ? なにもせぬというに。のう?」
「これ、この部屋、高いのか?」
「広さが違うだけで料金は一緒じゃ。ただ頼めば暇潰しに芸を披露する者を呼んだりなどの別料金を取るなにかがつけられる、というだけのこと。気兼ねすることはない」
へえ、とサイが思ったのは内緒。ウッペのおでかけはだいたい野宿がお決まり。目的地では宿を予約しているが、それ以外では不測の事態に備えて宿には泊まらないというのを常としていた。刺客を警戒して、というのもひとつ。あとは宿の食事を心配して。
鬼味くらいはサイやどっかの誰かさん、説教魔がすると言うのだが、ファバルは結構節約志向らしくあまり宿を利用することはなかった。なので、こういうのは新鮮。
届けられた食事をツチイエとカザオニが鬼味するのを待つ間他愛ない話をしていたが、カザオニがサイの食事の鬼味を担当する、と言わないが言って聞かなかったことを面白くおかしなことだと、マナは笑っていた。
劇薬にすら耐性があるツチイエを信用していないのが面白い。サイは言わないでおく。多分ツチイエが信用ならないのではなく主人の食事は自分がやる、という使命感だと。
ウッペにいた時、ココリエに意地悪しまくりだったのも今になって思えば、ジェラシーというかここの国の言葉にするといつだか言われた嫉妬だったのかもしれない。
自分より主に近しいことが嫉ましい、と。そんなことはないと思っているのだが、カザオニ嫉妬協会によると充分以上に近しい、近すぎてけしからん! という感じらしいことがなんとなく、ツチイエへの態度からわかる。寄るんじゃねえゴラァなオーラが見える。
うぅむ、結構忠犬っぽくて口を利かないので余計に動物感があり、たまに鬼の角より犬の尻尾が見えるサイだが、ツチイエは荷ほどきの時、ボソッと「鬼以上に鬼だな」と言っていた。その時も、サイの荷をツチイエが持つことにかなり強い怒りを見せていたのだ。
サイなどは平和に「主の荷は俺が持つの!」なんてアテレコをしていたのだが、ツチイエは本気で殺される危険性を感じたらしい。サイが目撃したツチイエの顔がげっそりしていたので多分、サイの荷、たいした量はないのに、全部自分が! と怒った模様。
それこそ触れることすら許さない勢いで激怒し、ぷんすかしながら時折凶器をちらつかせて荷ほどきをしたカザオニはサイの膳を調べていく。ツチイエはマナの食事を先に調べて自分のものはあとまわしというか食べながら鬼味するようで両者同時に終わった。
「お待たせいたしました、マナ様」
「さほど待ってはおらぬ。サイと楽しくお喋りしておったでの。充実した一時じゃった」
「あるじ、ごはん」
「ありがとう。お前もちゃんと食べるようにな。なんな……いや、わかったわかった。これは、この膳は私がちゃんと食べるからそれ以上首を振るな。超速で残像が見える」
本当に。カザオニはヘッドバンギングとかそういうのも真っ青どころか真っ白になりそうな勢いで首をぶんぶん振りまくった。サイの言葉の先、「わけてやろうか?」を予想したにしてもものすごい遠慮っぷりだ。
これくらいの厚意は普通に受け取ってくれてもいいのにな、とサイは思うのだが、カザオニはサイを至上の存在に位置づけている。それこそ神に等しく崇め奉っているので、恐れ多すぎるとか思っているっぽい。
サイは自身にそのような価値を見ていないのでカザオニの態度はいきすぎというか、大袈裟だなぁ、と感じている。が、まあカザオニがそうしたいのなら、ということで好きにさせている。……ただ、ツチイエに迷惑をかける行為は禁じておこう、と思っておいた。
彼はこれからサイの上司にあたる。それなのに影が迷惑行為を仕掛けるなど失礼だろうから。……どうして、だろう。ココリエへの意地悪は憐れみから叱ったが、禁じるまではいかなかった。ココリエがひどい目に遭ってもいい、ということなのだろうか?
それとも、ココリエのことを上司だと思っていなかったということなのか? 謎。
謎だったが、関係なくなった今考えるに値しないことになったのはたしか。食事をしてマナの背を流すのに湯につかり、早くに就寝した。やっと安心して眠れることを喜んで。
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