本日の鍛練


「……ふぅー」


「サイ、このくらいで」


「足りぬ」


「お前意外と我儘だよな。朝からぶっ続けだぜ? ちょっとくらい休憩しても罰は」


「勝手に休憩しろ、永遠に」


「……。いいか、サイ。遠まわしに言えば「死ね」が許されるわけじゃねえんだぞ?」


「うるさい。死ね死ね死ね」


「おいおい、こらこらこら」


 暴言のぱーらだいすですね。


 もうある意味でのみ天晴と尊敬しますよ。と、中庭の三人中ふたりが思ったのは内緒。


 除外されているひとり、三人の中で唯一の女は男ふたりの苦笑いに首を傾げ、軽装の袷付近を掴んでパタパタ地肌に風を送り込む。


 色っぽいクセに全然無意識でやっている仕草に男ふたりは非常に残念な気分になる。


 この女、絶世の美女でその上究極に絞られた上、素晴らしい女性の美を結晶にしたような体をしている。視覚情報だけだとどこぞの王子は鼻血の上でのっくあうと卒倒しそうな艶やかさだが、本人無自覚なので性質が悪い。


「なにか、変な顔して」


「おかしいのはお前だ、サイ。ちっとは男目を気にしろ。やり場に困るだろうがよ」


「はじめて聞く。男目。人目ではないか?」


「どーでもいいとこに喰い、つ、く、な!」


「つくね? 鍋が食いたいのか? 新手の我慢大会の競技種目なのか? ぴったりだ」


 どういう意味だ、そりゃあ。と、中庭にいる男のひとり、ケンゴクが思ったのは仕方ない。我慢大会が似合うってことか? それとも深く穿って暑苦しいから似合うって言いたいのか? うむ、時々この美女、サイは異次元ばりにひどい暴言を吐くので要注意。


「サイ、この季節に鍋料理ができる具材などありません。阿呆なこと言っていないでやるなら構えなさい。次は少し変則にいきますよ。それとこれが終わったら休憩です」


「いつの間にヘボくなった、セツキ?」


「適度に休憩をはさむことも必要でしょう」


「……。ふむ、一理ある」


 セツキの言葉にやっと説得されてくれたサイが構える。お手本を忠実に再現しつつ自己流も混ぜた構え。漆黒の刃がジュウジュウとこっちこそ熱そうな音を立てている。


 そして、その黒い刃の向こうには銀色の、それこそ刃のような瞳がひとつ。眼帯で隻眼にしている女の瞳に鋭さが宿り、徐々に鋭利さを増していく。先までの打ちあいもすさまじかったのにさらに上があるとは恐れ入る。


 相手の規格外さに驚きながらセツキも構える。こちらは模範的、お手本のような握りでいつも愛用している槍を構えている。違う得物だが使う、サイが習っているのは同じものだ。審判役のケンゴクが慎重にふたりの間に入り、さっと手を振ってさがった。


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