退院


「退院、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 ルィルシエの苦病発覚、治療開始の為入院をはじめた日から十日後の午後のこと。


 ルィルシエはその後、着々と元気を取り戻し、暇を持て余し気味で安静にしていろ、という女戦士の言葉を無視して絵本の読み聞かせをねだりまくった。病食ももう普通のものが食べられるようになったのでジグスエントの許可状をもらい、退院の運びとなった。


 普通ならばしないが、致死率がほぼ百の難病を乗り越えたルィルシエにジグスエントの厚意で花束が用意された。それを入院していた天幕の外で受け取ったルィルシエは嬉しそうに花のにおいを嗅いでいたが、花粉が鼻に入ったのか可愛いくしゃみをひとつ。


「犬みたいだ」


「どこがですか!?」


「いいにおいいいにおい、して夢中こくあまり嗅ぎすぎでくしゃみしている辺り」


 そのルィルシエの隣には今回彼女を死病から救った実質の立役者たるサイが並んで立ってやっている。ふらつきがまだ心配です、と乞われたからだが毒舌のおまけは要らない。


 サイに久々グサっとくる毒を吐かれたルィルシエは花束を嗅ぐのをやめてサイに投げ、サイと花束の図をつくろうとしたがバレバレにより、花束はココリエに受け止められた。


「そういうのは結婚まで取っておけ」


「? どういうことです?」


「海外の結婚式では披露宴で花嫁が花束を投げるのだ。それを掴んだ女が次に結婚できると根拠皆無の言い伝えもある」


「なんて素敵な言い伝え……っ」


「根拠、皆無、だ。ボケ王女」


 ルィルシエの隣に戻ってきたサイは心から呆れてため息。その彼女の声はなぜか地声であり、歳相応の娘の声だったりする。これはルィルシエが入院中に我儘の上の我儘こいて四苦八苦の果てに実現したことである。


 サイは不満そうだが、ジグスエントがルィルシエにこっそり菓子を差し入れていたのをサイは見逃していない。ルィルシエが一瞬気を抜いた隙に没収しておいた。まだ病食生活で菓子を食うのはいかん、と思ったが故だ。


 ルィルシエは消えた菓子に呆然としていたが、サイに疑いの目を向け、知らんぷりされて泣いた。だが、それで菓子を返してやるほどサイは甘くない。甘やかさない。


 ただ、退院したので、先ほど没収していた菓子を返してやったばかりで、帰りに一緒に食べましょうされてふざけんな、と返したところで花束贈呈だった。


 なので、最初から見ていたココリエは微笑ましいやら可愛いやらで笑っていたが、サイと目があう度に悲しい気分になっていた。逸らされる。ことごとく。


 そればかりか口も利いてくれなくなった。ココリエになにかした覚えはない。だからどうしてなのかわからない。サイの態度はルィルシエの処置をした日からずっと冷え続きでココリエは人目やサイ、それに父や妹の目がなければ泣いてしまいそうだった。


 サイのココリエに対する態度を見てジグスエントが悲しそうな顔をするのも気になる。


 なにか事情を知っているのか、サイがココリエに冷たくするわけを知っているのか。


 だが、訊くに訊けないでいた。そういう時、まるではかったような間でファバルがココリエを呼びつけるのだ。そして、諸々と政の雑用を言いつけられる。


 で、ファバルはルィルシエを見舞うという日々が続いていた。いい加減心が折れてしまいそうだ。ポキッとか小枝が折れるような可愛いものでなく幹ごとベリベリッといってしまいそうな感じに。心臓が悲鳴をあげている。しかし、どうにもこうにもならない。


 このことを、事情を知っているのはサイ当人とファバルも怪しいし、ジグスエントも知っていそうだが、誰にも訊けない。サイにどうして、と訊いても無視されそうだし、ファバルがそう簡単に教えてくれるとは思えない。ジグスエントも教えてくれなさそう。


「ココリエ、なぜお前が花束なぞ抱えている? 誰かから花束と一緒に想いを告げら」


「いえ、これはルィルがもらったもので。……私がとりあえず預かっているだけです」


 妹がサイに投げた。投げられたサイが避けたので受け取らされた云々は言わないでおいた。一緒にサイが無意味に避けて悲しいことも言ってしまいそうだったからだ。


 別に言ったところでなにが変わるわけでもないが、それでも言うことで心が痛手を負うからやめておいた。これ以上心臓が軋むような真似をするのはいやだった。


 ココリエの言い訳にファバルは一瞬サイを見たような気がしたが、王はすぐ視線を逸らし、ジグスエントに今後ルィルシエが生活する上で当面なにか気をつけることがあるか訊いている。ジグスエントは心底腹立つというような顔でいるが医師として答えていく。


 やはりなにかしらの事情を知っている様子なのだが、ファバルは訊くことだけ訊き終わるなり、すぐ帰国の途につくと宣言した。


 セツキにはルィルシエの苦病についてしたためて送っておいたので多少遅れたところでなにか言われるとは思えないが、まあ、あまり遅いと怖い。道草食いを疑われる。釈明するのにサイが口をだしてくれるとは思えないので雷がドカンっ! する可能性大。


 なので、ファバルがさっさと帰ろう、と言うのはわかる。わかるが異様に間を読んだような感じが奇妙だった。まるで、ココリエがジグスエントに事情を訊くのを妨害するかのような……。そんな感じ。しかし、なんとなくで父に「どうして?」と訊けない。


 だから、また、ココリエは黙るしかない。悲しみと苦痛にさいなまれながらひとりで。


 王子の背を見送るジグスエントはどうしたものか、と思えども余計な口だしはサイの寿命を縮めること。それは避けたい。愛しいひとという以上にひととして憐れでならないから。自覚なき想いが故に冷遇されるサイ。だが、女戦士は一言も発することはなかった。


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