ただいまと女戦士の閉心


「ルィルシエ様、よくぞお戻りに」


「あ、あのセツキ? わたくしまだ本調子ではないのでしばらくお勉強は勘弁ですわ」


「……。私の顔を見るなり勉強勘弁と言う辺り、もうほとんど全快そうに見えますが?」


「はうっ、いえ、あのだって」


「……サイ、ルィルシエ様のお体は?」


「こら、セツキ。どうしてサイに訊く? ここは父である私に確認を取るべきではな」


「聖上、あなたでしたら必ずルィルシエ様を庇って大袈裟に言います。サイは平等です。よくも悪くも。なので、より確実なことを訊くならサイ、と決めていましたので」


 なんじゃそら!? とファバルの顔が語っているが、セツキはさらっと流した。王様スルーでサイにルィルシエの体調を訊くセツキにサイは淡々と答える。いつものように悪意なく正直に言ってしまうのでありました。


「今日からでも勉強漬けでいいくらい元気だ。入院中もうるさく、私へ我儘放題だった」


 若干私怨が混ざって感じられる言い方だが、サイなので私怨を持ちだしたりはしない。


 悪意なくそういうことをしたり、言ったりしてしまうひとなので厄介なことこの上ないが、憎めない。それがサイというひとの可愛いところだったりするからだ。


 ただ、今日から勉強漬けおっけ、というのはちょっとばかり恨みを感じる。気のせい?


「そうですか。では、そう、明日から通常通りの量をご用意させていただきます」


「ひ、ひどいですわっサイ、それにセツキも! わたくし大病をしましたのに労わってください。病みあがりにどうしてお勉強地獄なのです!? 意味がわかりません」


「近頃、聖上の怠け癖がうつったように」


「言いがかりですわ!」


 父親に似てきたなどと、しかも怠け癖がなどと不名誉な! とぷんぷんするルィルシエを横目にサイは健診結果の紙束をセツキに渡してとっとと自室にいってしまった。


 鷹はその場で健診結果に簡単に目を通していたが、ふと、誰かさんの用紙を見て動きが止まり、非常に威圧的で恐ろしい笑みを浮かべた。こめかみには青筋がひくひく。


「聖上、この不摂生についてなにかしら弁解などございますか? 稚拙なもの以外でお願いいたします。ないようでしたらこのセツキ、心を鬼にして禁酒を言い渡します」


「なにぃ!? 誰だ、要らんこと書いたの」


「ジグスエント様の印が押してございます」


「あ、あやつ、なんという意趣返し……っ」


「? なんのことです?」


「……。なんでもないわ」


「では、今日から禁酒で」


「あ゛ーっ勘弁してくれ、セツキ。私の癒しを奪ってくれるな。せめて一日一本くらい」


 そこからは幼児と大人の言いあいのようになってしまったので兄妹も玄関から城にあがり、いくあてもないのでサイの部屋に遊びにいった。サイははじめ難色を示していたが、玄関からファバルとセツキのみっともない、アホ臭い言い争いが聞こえたので通した。


 通してくれたのはいいが、サイはふたりに一切構わなかった。ひとり精神統一の修行だと前教えてくれた木彫りをしている。


 彫っているのはとても綺麗な花と草というか、葉っぱ? のようなもの。暇なので見学している間もサイの集中は乱れることなくどんどん形ができあがっていった。


 生け花の模型を木に彫っているのだ。優雅な形の花瓶。繊細な花たちに彩りというか花たちを際立たせる為の葉たち。剣山の針一本一本まで彫り尽くしている。天晴だ。


 今にも風に吹かれて揺らぎそうな植物、というのはもう見事と言うしかない。それにしてもあまりにも現物に似ていて着色したらわからなくなりそうなクオリティは正直怖い。


 どれだけ器用なんだ、とかどういう再現力だ、と突っ込みそうだが、サイは相変わらずココリエを見てくれない。そこにいるのに、いないかのように振る舞っているよう。


 これには正直参る。ルィルシエもサイの不審な、不思議なココリエ無視に首を傾げているが、サイの雰囲気になかなか訊きにいけない。思わず尻込みしてしまうほど、女戦士は気を張っているように見えた。なにに対してなのか、知れないが、とにかく怖い。


「サイ、あのぉ、ですね」


「なにか」


「えっと、その、お兄様となにか……?」


 やっとの思いでルィルシエが訊いたが、サイはしばらく無言だった。考えているようにも見えるし、面倒臭そうにしているようにも見える。サイの無表情にはなにもない。


 そしてそう、瞳にすらもはやなにかが揺らぐことがなくなっている。まるで凍てついてしまったように。サイは心を閉ざしてしまったのではないかと思うほどに。


 だが、ややあってサイは一言だけ返した。


「別に」


 その一言で終わってしまった。あとはもう口を利く必要性を見いだしてくれなくなったのか、黙々と静かな修行をしている。サイの返答でさらに困惑した様子のルィルシエがココリエを見てもココリエも心当たりがないのでなんとも言いようがないので困る。


 ただ、わかったこと、ひとつ。


 サイはもう、ふたりに対して心を閉ざしている。感情を封じている。無関心でいる。


 どうしてなのかわからない。しかし、もう「どうして?」すらも憚られるような空気でサイはそこに在る。孤独な悪魔に戻ったかのように、部屋の隅で精神統一の修行に没頭しているように見えるが、それがフリだとわからないふたりでないので戸惑う。


 だが、それ以降、どれほど日を重ねてもサイの閉心がとけることはなかったのだった。


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