無情な命令と宣告
「なにか、ファバル? わたくしをじろじろ見ないでください。それはサイの特権です」
「欠片も望まれていない特権だな。いや、それよりいい加減諦めろ、と思ってな」
「なんのことです?」
「わかっていて言っているだろう? サイの心が誰に向いているか、聡く鋭いお前なら」
「……。アレは気の迷いです。サイほどの女性がココリエ王子などに惑うなどと……」
「おいこら。ひとの息子つかまえてなどってのはなんだ? 喧嘩売っとるのか?」
ファバルの当然あげられる文句をジグスエントは流す。もういっそ気持ちいいくらい。
だからファバルは話題を変える。というか、こっちが本命であり、相手もジグスエントではない。遠いところでサイがココリエに興奮鎮静の茶を淹れているのを見て目を細めた。あったかい絵である筈なのにとても悲しい。特にこれから話すことを考えると……。
「ほら,これ飲んで少し静かに」
「サイ、ちょっと来い」
「む?」
ココリエに精神の興奮を鎮める茶を受け取らせ、飲むのを見ていたサイをファバルが呼ぶ。サイは何用だ、とばかりに振り向いて、ココリエに「残したらしばく」と言いつけて、ファバルの下に進む。歩みは慎重ではあるが、初見ほどではなく、無防備。
ただの数ヵ月だというのにサイはウッペの者にだいぶ心を許し、各々で交流し、仲良くしている。気がついたらウセヤにいた、という妄言は置いておいて海外から来た傭兵娘にしてはかなり馴染んでいる。特に王族の兄妹とは本当のきょうだいのようで、でも……。
「もう、やめろ、サイ」
「いきなりイミフ」
「もうこれ以上ココリエを想うな」
なんだいきなり。と思ったのはサイひとり。ファバルのある種暴言にジグスエントが驚いてサイを庇うように立ち直した。オルボウル王の目にはとんでもない悪漢を見る色。
だが、ファバルはジグスエントに庇われていても正確にサイを見つめる。ウッペ王の深海の瞳には一切の温度がない、というより冷たすぎてなにもかもなくなりそうな……。
「サイ、以前私はお前に想いを訊ねた」
「? 言ったであろう。よくわからぬと」
「理解している筈だ。ココリエに抱き、他の男にはけっして抱かぬ心があることを」
「や、もうお前が何語を話しているかすらわからなくなりそうなくらいイミフなのだが」
「だから、簡単に命じているのだ。想うな」
「ファバル、見損ないましたっ。なんとひどい、なんと惨いことをサイに、この
「なにも知らないわけではない。好悪もわかるし、特別な感情があるのはもはや明白」
ファバルの無情な断罪の言葉。サイが断罪だとわかっていないことは無視された。ふたりの王は互いを睨み、特にファバルはジグスエントに「いいからどけ」しているサイへ冷たい目を向ける。目があったサイは思わず腹を庇う。肝が冷える心地になったのだ。
ファバルの目にあの神と似た色を見つけてサイは身震いした。それは果てない憎しみ。
そこにはサイへの憎悪しかない。それはひょんなことで殺意に変わる。変貌し、そしてサイを殺す刃となる。しかもファバルは殺意の刃を隠そうともしていない。剝きだしの刃は本当にあの神が言っていた通りのモノ。あと一押しでファバルはサイの敵になる。
一押しがあったのか、それともルィルシエのことがすでに一押しだったのか知れない。が、ウッペ王はサイに以前までのような目を向けない。優しい言葉もすべてなくなった。
「いいか、サイ。これ以上ココリエに近づくな。もしそう見えた、想いを募らせる真似をしているのがわかったらお前には悪いが死んでもらうか、でていってもらう」
「……死? でていく?」
「ああ。私が殺すか、いくあてなく野垂れ死ぬなり、戦に巻き込まれるなりせよ、傭兵」
「……」
サイは信じられない気持ちになった。あの温和で優しかったファバルがサイの死を望んでいる。ばかりかサイの自称を認めず、傭兵呼ばわり。あまりのことにジグスエントも反論ができない。常々酷な面をひそませている男だとは思っていた。なのに、こんな……。
恋も、愛も知らない無垢な娘に一方的にひとを想うな、面と向かって死ねと言うとは思わなかった。あまりに激しい憎悪が恐ろしい。ファバルの目には情けの欠片もない。
徹底してサイを人間ではない、これはただの使い捨て駒。そういう認識であり、言葉がサイを刻んでいると知っていてもファバルは蔑みの眼差しをやめない。
「……いいな?」
ファバルの有無を言わさぬ冷たい言葉にサイはただ黙って頷くしかなかったのだった。
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