本でお礼
「サイ」
「今回手伝ってくれた駄賃だと思ってくれ」
「い、いえ、ですがこんな貴重な」
「医療の専門用語もっさりで私には理解できぬ。活用できぬ者のところで埃をかぶるより使える者の下で本懐を遂げることこそ本とはいえそいつの幸福であろうからな」
モノとはいえそれでもこの世に在るものだから幸せになって幸せに終わる方が本望である筈。ジグスエントほどの医師の下でなら必ず活用され、幸せになれる。絶対。
譲ってくれたアカツキには悪いが、それでも好きにしていいと言っていたので、好きにする。本棚の肥やし、もとい黴になるより優秀な医師の下で役立つ方が本も喜ぶ。
「……。では、ありがたく」
「うむ」
サイが幸福、と言った瞬間悲しそうに瞳を歪めたのを見たジグスエントは以上になにかを言えなくなった。本当に悲しそうで辛そうな女の願い。役に立たせてやってほしい。
誰にも必要とされない。同僚である医師の姿をしていたがまるで別人である男に言われたことを気にしているのはすぐわかった。自分は必要とされないが本だけでも……。
胸が疼くほどの悲しい認識。誰にも必要とされない人間などいない。なのに、目の前で悲しい瞳をしている女はひとりぼっちで悲しい認識を自らに当てはめ、受け入れている。
「……休めましたか?」
「そこそこ。以上の休息は難しそうだが」
抱きしめてあげたい。孤独に震えている少女を思いっきり。それで殴られようと蹴られようと……。こんなの、悲しすぎる。だというのに、少女は悲しくない、と虚勢を張る。
自らの悲しみをここでぶちまけるよりもルィルシエという家族の快復を祝って歌っている王族の男ふたり、もといバカふたりの気分に水を差す真似をするまいとしている。
本当は泣きたい筈なのに。苦しいから助けてくれ、と言いたい筈なのに、言わない。
そんな強さであり弱さが悲しかった。サイが弱さをさらけだすことができる存在はいないのだろうか、と思いかけて約一名に心当たりができ、ジグスエントは不機嫌になる。
「気持ちはわかるが歌うな、バカ共。近所迷惑だ。ファバル、それはなんの踊りか?」
「幸せの舞だ。見惚れたか」
「いや、私の目がおかしくなったか、お前の脳味噌がとうとういかれたか心配になった」
「そう言うな、サイ。一緒に歌って踊ろう」
「いやだ。私をバカに混ぜるな」
絡んでくるバカ共、ファバルとココリエを適当に相手しながらサイはジグスエントが言うので彼の持ってきた問診記入と診察を受ける。……バカ共の騒ぎを背景音楽に。
ジグスエントは呆れているが、サイは不思議と気にならない。王女の快復が嬉しい。
その気持ちはサイも同じだったから。死にそうなあの状態から快復した彼女を見ているので余計に。ルィルシエ本人に言っては調子に乗りそうなので言わないが、本当に嬉しかったのだ。だからココリエたちを止めようとか、無理にでも静かにさせようと思わない。
「サイ、あまり騒がしいようでしたらわたくしの天幕にいらっしゃい。わたくしは今日宿直でいませんから気兼ねは不要ですし」
「いや、大丈夫だ。ご近所迷惑になると判断した時点で強制的に寝さすから」
「そう、ですか。では、あなたの本日の診察は以上です。ゆっくり休んでください」
この状態でゆっくり休めるか甚だ疑問だがジグスエントもサイなのでいざとなったらその強制的睡眠につかせるだろう、と思って余計なことは言わないで立ちあがった。
と、同時に視線が刺さった。見渡すとファバルがジグスエントを見ていた。彼から少し距離を置いてはしゃいでいるココリエにサイが「うるさい、うるさい。わかったから」とにぎやかさを注意しにいっているのが見えたが、この間でファバルが何用かわからない。
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