緑の中で目覚める


 葉のざわめき。鳥たちの歌声。巨大な緑の中に呑まれているのか、鼻腔を擽るのは大自然のにおい。意識が起きてきていた。眠りから覚醒へと移ろうとしているサイは夜に起こったことを思い返して夢だったのかな? と思って拳を握ってみた、ら硬い感触。


 それがなにであるか思い当たりがあったサイは驚いて飛び起きた、のだが偶然覗き込んできていた誰かに全力の頭突きをかましてしまった。朝に愉快な痛い音が響いた。


「い、つっ……」


「奇遇ですな、お嬢様。俺もです」


 知った声にサイはまわりを見る。と、サイの右手側にその姿。夜に見たままのアカツキがしゃがんで片膝をついていた。男はサイがなにかを言う前に背に置いていたものを差しだした。こんがり焼けた……なんだこれ?


「鹿のいいのが獲れましたのでぜひ、お嬢様にご賞味いただきたく思いまして」


「あ、ああ、そう」


 紺碧の双眸をキラキラさせてまるで子犬が大好きな主人の為に仕留めた獲物を「見て見て! すごい? 僕いいコ? ねえねえ?」とやっているのに似ている気がする。


 アカツキ本人に言ったらしばかれそうだがでもよく似ている。仕留めた鹿の美味しいところを切りだして焼いてくれたのだろうが、現物が丸焼きででてこなくてよかったと思った。兎くらいならまだ大丈夫だが、さすがに鹿そのもの角つき、とかだとサイでも引く。


「いただきます」


「はい。どうぞ」


 きちんと食べやすいように一口大に切ってあるが、なにで切ったんだ? いや、考えるのはやめておこう。と、まあ思考を無理矢理終了させて肉の欠片を摘まみ、口に入れる。


 ジビエ食材に特有の獣臭がするかと思ったが、獲れたてを即締めて調理してあるのか、あまり臭くない。サイがもうひとつ摘まんで口に運んだのを見ただけでアカツキは気に入ってもらえた! と思ったのか、目の輝きが一段階あがった気がする。素直だな。


「ん。おいひい」


「ありがとうございます。これはうちの一族の、眷属の中でも若い者が自ら名乗りをあげて獲ってきたものですので、そう言っていただけるとあのコも喜びましょう」


「ちなみに誰が」


「あなたが、カシウアザンカに向かう途中でお助けくださった者が、です」


 あ、とサイの脳裏に閃き。そういえばそんなこともあった。とか思っているのが駄々漏れだ。そういえば、カシウアザンカに向かう途中で巨大な狼を助けたな、と。


 その狼もアカツキに比べるとかなり小さく、若いというよりこども並みだと思われるのだが、そのアカツキはサイが遠慮しているのか? と首を傾げている。そして、葉の皿に乗せた鹿肉をどうぞどうぞ、と差しだしてくる。ああ、尻尾ふりふりする犬が見える。


「ご馳走様」


「もう、おかわりはよろしいので?」


「いや、そんなに腹減ってないし」


「そ、うですか……」


 しょんぼり。そんな擬音がつきそうなアカツキがやはり子犬に見えてならないサイだが言わない。それよりも呑気に食事などしている場合ではない。アカツキを正面に、言う。


「私を殺し」


「お嬢様、それはどういう冗句です?」


「……夢じゃない、のか」


「アレだけのことを夢だと思ったあなたが心配になってきました。お嬢様、俺はあなたの味方です。例えどれだけあなたが死を望み、その小娘の快復を望もうとも。俺にあなたを害することはできない。できる筈がない」


 アカツキの確固とした言葉にサイはむう、と押し黙る。アカツキがダメなら彼の眷属でも、とも一瞬思ったが、アカツキが眷属たちにそんなことを許す筈がない。


 とっくに手をまわしているに決まっている。それが予見できないほどサイはバカではない。昨夜のデレぶりからして絶対に傷つけ厳禁を言いつけている。うん。


 しかし、そうなるとたちまち困る。あの神はサイが獣害自殺するまで粘るだろうか。それとも新しい死に方を提供することを考えるだろうか。腐れ頭の思考は読めない。


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