御守り


「なぜ、だ……っ」


「アカツキ」


「お嬢様はこんな状況に堕とされても誰も憎んでおられない。自身に非のすべてがあると誤認し、いかなる重罰も慎み受けるお覚悟だ。たかが知りあいの小娘が苦病で死にそうだからと俺たちに殺してくれと願う。脅されるままに、言われるがままに従うこんな」


「だからこそ、どこまでも清くあるからこそ選ばれたのだ。無償の愛。無形の奉仕。種族も関係なく救える者、救われるべき者を命懸けで救う清冽な魂は他にない」


 清らかだからこそ選ばれた。……なにに?


 サイは鴉に言ってやりたかった。無償の愛など持っていない。種族で命をはからないのはそうだが、それでもそんなに愛溢れているわけではない。むしろ殺伐として、誰も受け入れない凍土にひとり立っている認識でいた。なのに、ふたりの会話ときたら……。


 むず痒くなる。少なくともアカツキはサイを肯定し、サイを大切に思ってくれているとわかる。鴉も許されていないだけで本当はサイを優しく抱きしめて「大丈夫」と言ってしまいたい。しかし、それは鴉の主君の命令で許されない。それを守ることを条件に来た。


 ……どこから?


 使っている言葉はここの、桜蕾ノ島おうらいじま桜語ツェルジィスだが、よく聞いているとなんとなく異国の発音、訛っている、というのだろうか? 不思議な感覚だ。そうサイが呑気に会話に入れず呆けていると暗闇からまたなにかが飛んできた。


「あなたはこれから先もまだ苦しむ。今を凌ぎ、その先でいつか命果てるが今ではない」


「これ……?」


「この世界のとあるみことだけが生みだせる世界でたったふたつの、本当の御守り。せめて心砕かれても魂を守りたまえと、願かけられたものです。肌身離さずにお持ちを」


 鴉が新しく放って寄越したのは宝石の華だった。素材はなんだろう。金剛石に見えなくもないが、こんな繊細な飾り彫りをするのにどうやって加工する道具を用意するんだ?


 世界一硬い物質である金剛石は加工が難しい上に年々採掘量が減っているのも手伝ってかなり高価だと聞いている。ところが今、サイの手のひらに乗っている華は直径でも一寸以上ある。こんな大粒に加工するなら原石はどんだけでかいんだ? なんだ、大富豪?


 サイが少々下衆いことを考えていると鴉はくすくす笑い、その場で踵を返したのかかすかな靴音がした。サイが華を手にしたまま一歩暗闇に近づくと、音が戻ってきた。


「我のことはいずれわかる」


「鴉……?」


「ああ、そう呼んでいただけるだけで我のこの乱れし心は満たされ、癒される。渡した薬は頭痛時にのみ頓服としてお使いください。常飲されると効果が薄くなります故」


 鴉のあとづけされた言葉にサイはひとつ頷く。頷いたサイに鴉は心が揺らいだのか、少し気配が表出したがすぐに消えた。風が起こり、視界が潰れる中、声が響いた。


「みな、辛い。あなたの憂い顔など見たくないのが本音だ。しかし、大君は絶対である」


「大君? が言えばお前は私を殺すのか?」


「それはできない。あなたを殺せるのは人間だけだ。そう、やつらが設定した」


「人間……だけ? でも、獣害で死ねと」


「そこだけ設定を変更すれば都合など簡単につくのです。やつらはそうしたのが得意だ」


 それはつまり裏道を知っている。裏側に通じた者、ということなのだろうか。神を自称していたが、神は裏にすら通じるものなのか? いい加減、脳味噌が死にそうだ。


 そう思ったと同時、気が抜けたのか視界が歪み、膝が土の地面を打った。無様に顔からいく、と思ったが、衝撃は柔らかで優しく少し獣臭かった。ぼんやりした視界にアカツキの姿、顔が見える。結局なにひとつわからないままだが、今は猛烈に眠たい。


「おやすみなさいませ、お嬢様」


 これが永眠になることを、と願った矢先、アカツキの優しい声が聞こえてきた。まるでこどもに言い聞かせるように紡がれた「おやすみなさい」をサイは卑怯だと思った。喰い殺してほしいなどと言えなくなった。眠る。獣のにおいに包まれて……。


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