謎の人物も参加
あったのは、懐かしむようで愛おしむ色。
「お嬢様っお嬢様なのですね!?」
「い、や、知らな」
「間違いない。わからなかったなどとなんたる失態。どうか平に! 平にお許しを!」
聞いちゃいねえ。これで平に許せとか、失態を詫びるのはどうなのだ。矛盾しているような気がするのはサイだけか。サイが首を傾げていると暗闇から笑声が聞こえてきた。
大笑いとかではなく、くすくすとおかしそうに笑っている声はどこかで聞いたことがある気がしたが、それもきっと気のせい。記憶の中の顔も名も知らぬ他人の雑音。
雑音の中に懐かしさを見ようとしているだけ、ということで処理したサイは土下座されたままどうしたらいいかわからずきょときょとまわりに助けを求めるよう視線をやる。
すると、サイが困っているのを見てか笑い声の主が口を利いてくれた。声は女のもの。
「アカツキ、そのくらいにするでござるよ。お嬢様がお困りにゃ。にゃにゃーん」
ずこっ、と思わずその場でひっくり返りそうになった。それくらい軽い言葉。音。てゆうか先と全然キャラが違うのだが、そこは突っ込んでもいいところだろうか?
きりりとして凛と在った筈の声がいきなり「ござる」とよりによって「にゃー」ってギャグとしか思えない。今度こそ脳味噌の容量が限界チックになったサイだが、アカツキ、と呼ばれた元巨狼の返答が早かった。
「鴉、貴様がなぜここに? どういうことだこれは。いや、貴様以上になぜお嬢様が」
「……なぜだと思うか、右目の痕に訊いてみよ、アカツキ。汝の勘はなかなかよく働く」
ギャグ並みの変貌ボケに頭がぱっぱらぱーしているサイ。だが、女の声はまたまじめ腐ったものに変わり、アカツキに自問自答してみろ、と言いつけた。いや、投げすぎ……。
だが、投げるにもほどが、と思ったのはサイだけだったようでアカツキはすぐさまさっと青ざめたかと思ったらふるふると首を振って拒否を示した。なんだ、今度は。
「嘘だ」
「間違いはないぞ。さすがは賢獣族の始祖」
「嘘をつくな鴉! 俺をからかっているの」
「こんなギャグ吐いたら副司令にどんなお説教喰らうかわかったもんじゃないでござる」
「だが、だが……だがっ!」
「認めろ、アカツキ。みなが認め、納得……渋々だった者がいたのはたしかだが、それでも納得の上で行使された策なのだ。今こそ一族の恥を明るみにだす時だ、とな」
「それでどうしてお嬢さ……ま、さか、この左目の眼帯……。そんな、酷なことを」
「主導者はあの御方だ。含めて認めろ」
「いやだっ!」
「アカツキ」
暗闇の中の声は困ったように、駄々っ子を見つけたような声でアカツキの名を呼んだ。
アカツキに鴉――からす、と堅く呼ばれている女はゆっくり赤子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。誤解も曲解もしようがないほど簡潔に残酷なことを、サイにわからないことを話しはじめた。淡々とでもどこか無理をしているよう、苦しむよう、悲しむよう……。
「この世で最も穢れなく潔白な魂の持ち主が必要だった。多くの者がおふたりだけは、と声をあげたが、結局おふたりに敵う魂の持ち主はいなかった。だから大君は世界中の誰よりも大切な命と魂を贄にした。結果はどうだ? 愚かしくも見事に喰いつきおった」
「貴様、お嬢様方を愚弄する気か」
「まさか。我にとっても数百年ぶりのお嬢様だ。愛おしくてならず、抱きしめて差しあげたいができない。してはならない。それが大君との約束なのでな。遵守するさ」
「どうしてだ、どうして……っ」
「これ以上の蛮行を見過ごすことは
なにを言っているのかさっぱりだが、自分のことを話しているの、か? と片隅に留めて一応話を聞くサイは暗闇に目をこらすがものの見事に隠れている。これは隠密の者に特有のなにか特殊な細工だ。そんな知りあいはいない。なのに、数百年ぶりの、サイ?
サイは自分の命など十五年ほどだと記憶している。て、ゆうかそんな何百年も生きていられる生き物などいる筈がない。化石だ。生きた化石だ。博物館とかそっちいきだ。
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