暴言これでもか!


 なので、機嫌は低迷気味。しかし、獣には情けをかけて罠を外し、肉を施した不思議。


 機嫌が悪いサイに近づくのは自殺行為。これこそはウッペに仕えていたり、王族の者、下まわり仕事やらをしている者たちの共通認識だ。ホント、危ない。寄るな危険だ。


 無事だった、噛みついて無事だったあの狼は運がいい。しかし、気まぐれなことだ。普段というか平素ならあまり野生動物に構わないサイなのに、どうしたことだろう?


 非情、というわけではない。自然のものに人間が故意に手を加えるのをよしとしない。そうしたものはいずれどこかで綻びとなる。わざにつくるべきものではない。


 そんなことをいつだったか言っていた。サイの考えは時として自分の常識や非常識を窘められる心地になる、とその時ふと思ったのを思いだし、ココリエは好奇心から訊ねる。


「どうしてあの狼を」


「あのままでは死ぬ」


「いつもなら自然淘汰とか言って」


「自然死ならばな。アレは人間の邪悪に捕まってしまった存在ものだ。ならば救うが道理」


「……罠にかかって撃たれたから?」


「他になにがある。例え私が血を流してもあんな死は回避すべきだ。……少なくとも私は見たくない。無理矢理運命を捻じ曲げられて死ななければならないなどと」


 この時、ココリエは気づいた。サイの声に独特の暗さがあることに。これは妹の死を話してくれた時のものに類似している。無理矢理捻じ曲げられた運命。これは果たしてサイのことか、レンのことか。わからない。だが、ココリエはそれ以上を問わなかった。


 それ以降ふたりに会話はなくなり、ひたすら小道を進んでいった。そして、サイの体内時計で五分ばかりがすぎた頃、巨大な石垣づくりの門が道を終わらせた。


 サイがココリエに振り返ると青年はにっこり笑って頷き、イークスに徐行を指示して門の前で停める。ココリエが御者台からおりてくると門の脇にある掘立小屋からひとがでてきた。退屈そうな若い男だ。だが、男はサイを見て目の色を変えた。


 男の顔が緩んでいくのを見て、ココリエは気分が悪くなる。自分はサイになにも言えないのに、他人が鼻の下伸ばすのを見るのはいやな感じだ。好きなひとをあんな下心丸だしでじろじろされて憤りを覚えない方がおかしい。だが、そんな気分も数秒だった。


「弛んだ面で私を見るな。失せろ気色悪い」


 さすがだ! さすがなのだが、もうちょっと加減をしてやってもいいのでは? なんて思うのはサイの暴言に多少慣れがある者としての憐れみから来る同情だろうか?


 と、いうかいきなり初対面で失せろ、とか気色悪い、とか言いすぎだ。ココリエはサイの暴言に魂が抜けた顔になった男の肩をポンポンと叩いて謝罪の言葉に代えた。


 男は泣きそうになるのを必死で堪えてココリエに所属を訊ね、車を置く場所を教えてくれた。目尻に光るものが見えるのはけっして気のせいではない。が、サイは欠伸。


 まったくこれっぽっちもひどいことを言った自覚すらない女戦士にココリエは苦笑。


 サイはココリエがなぜ苦笑いしているのか不思議がっていたが、車をコンコンと叩いて中の人間に荷物持っておりれ、と無言で合図し、自分も荷をおろすのに車の後部にまわっていき、先に大物、枕が変わると眠れないルィルシエの為の睡眠グッズをおろす。


 続いてルィルシエをおろしたサイはファバルから渡される旅の荷を預かってはおろすを繰り返し、最後の荷を持っておりてきたファバルを横目にココリエに合図。


 もう荷物乗っていない。人間すら荷物としているような気がするのは気のせいですか?


 そんな訊いてはいけない疑問をぷくっと膨らませたココリエだったが、振り払ってイークスたちの手綱を引いて車を所定の場所に動かしていった。その間、ファバルは大きく伸びをし、ルィルシエは寝ぼけ眼ながら、額の瘤を押さえて痛そうな顔をしている。


 狼の件で急停車した時、彼女はぐっすりサイの膝枕で安眠真っ最中だったのだ。が、急に止まった勢いで極楽枕からずるっと滑って落ち、車の床におでこをごちんした。


「はれ? サイ? 肩、どうしたのです?」


「ん? おい、血がでておるぞ」


「知っている」


「いや、じゃなくて、だな。なぜ血がでる事態になったのだ、と訊いているのだぞ?」


 今日もサイのおボケ様は絶好調らしいことを確認してしまったファバルが訊き直したがサイはいつも通りの無表情で王の疑問を無視。瞳には煩わしさがある。つまり、説明するのが面倒臭い。もしくは、説明して絡まれたり、怒られるのが面倒。ルィルシエとかに。


 サイは、彼女はどうしたわけかルィルシエが苦手らしいので、彼女に余計な心配やなんかされるのを嫌う。だから、心配されそうなことなどは極力秘密にして隠す。


 これはココリエ辺りに訊いた方が早そうだ、と思いいたったファバルがもうひとつ伸びをしているとそのココリエが帰ってきた。なぜか羽毛まみれで。こっちもどうした?


「余所から来たイークスたちになぜか頭突きを喰らいま……っくしょんっ!」


「……くしゃみが二回でる時は誰かが悪い噂をしている時だと聞いた。よかったな」


「……。あの、サイ、まず心配してくれ」


「夏風邪をか? バカなのか、ココリエ?」


 ひどい。心配とくれば、この状況なのだから頭突き喰らって大丈夫か? などに決まっている。なのに、くしゃみの方で風邪に持っていき、夏風邪ひくはバカのみ。なるサイの格言を引っ張ってきたサイにココリエは全力でいじけつつ、落ち込む。


 本当にサイの暴言癖はどうにかならないものか。誰か暴言癖が治る薬を開発してくれ、と思ったココリエだが、口を押さえて笑いを堪えている父に目配せし、自分はルィルシエの手を取った。迷子になる心配はいい加減やめていいかもだが、万が一がある。


 サイは自然と三人の王族たちを守れる位置に立って、代表ファバルが動くのを待った。


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