獣を助け、再出発


「え? あ、ちょ、サイ!?」


 サイは腰にさげていた巾着袋を手探りし、中から取りだした非常用携帯食の干し肉、それも塊を狼の口に突っ込んで、狼が噎せている隙に足を噛んでいる罠を外した。


 干し肉を吐きだした狼はわけもわからずサイに噛みつく。そこかしこから悲鳴があがったが、サイは静かな目で狼を見つめた。間近で見つめあう獣とひと。サイの肩に食い込んでいた牙から力が抜けていき、開かれて離れた。狼は恐れるようにふらふら後退る。


 サイはなんでもない、なにも起こらなかったかのように噛まれた箇所へ水筒の水をかけて布を巻き、治療終了した臭い。大雑把もここまでくると天晴である。驚きと信じられない気持ちが狼の淡い藍色の瞳に溢れている。サイは一向に気にせず、指を差す。


「それは己で食え」


「!?」


「いかな私も獣と間接キスする勇気、というか気持ち悪い変態的気質云々はないのでな」


「……」


「いけ。人目のないところで休み、回復し次第仲間の下に合流し、保護してもらえ」


 サイの指示に狼はたいそう驚いて見えた。まさか噛みついた自分を助けてくれる気なのか、と信じ難い様子でいる。狼がどうしたらいいのか戸惑っている間に呼ばれてきた猟師が銃を構えたがサイが横から手をだして猟銃を中心部分でぐにゃり折り曲げてしまった。


 これには猟師の方が悲鳴をあげる。ココリエも悲鳴が喉に詰まった。相変わらずだがなんというバカ力、怪力というか剛力だ。もう男女どころか生物的に垣根を越えている。そして常識を超えている。怖い。すごく怖い。無言でやったのでなおさら怖い。


「いけ」


「……」


「大事にな」


「……」


 サイの言動に狼はまだ戸惑っている様子だったが、サイが寄越した干し肉の塊をくわえて負傷した足を引き摺りながら小道から街道の方に向かっていき、大きな森に消えた。遠くて少しわかり難いがかなり大きな森だ。


 なるほど、大きい場所で育ったから大きいのか。納得。と、サイが思っているとそのサイの隣で恐怖の悲鳴があがった。呼ばれて来た猟師が真っ青な顔でサイから離れるところだった。その目、まるで化け物を見たかのような目だったのでココリエは不機嫌になる。


 常からサイを化け物扱いされることを嫌うのでわかる反応だが、サイは気にせずイークスの手綱を引っ張って歩みを再開させる。


 前もって小道に入ったらあとは道なりにいけばでーん! と現れると聞いていた。


 だったので、道を無言で進んでいくサイの肩に巻かれた布に血が滲む。盛大に噛みつかれていたのでわかるが、これは到着早々手術用の天幕に押し込められかけてその医師を殴る事件が発生しそうないや~な予感。


 話に聞いただけだが、サイは医療従事者が大嫌いだそうだ。あと薬も嫌い。苦いのは特に大嫌いだそうで城のかかりつけ薬師のハチに美味い薬を開発しろ、と無茶振りしていたらしいが、その時はセツキが「阿呆なことを求めないように」と言って叱ったそうだ。


 そして、そのあと「お前は幼児か」という突っ込みを入れたウッペの虎が殴打により生死の境を彷徨ったのはここ最近の珍事件のひとつである。うん。いっぱいあるよ、珍事。


 ココリエがここ最近の珍事を思いだそうとしていると、サイの歩調が落ちはじめた。なので、先の方に目をこらすと半年ぶりに訪れる施設が豆粒大に見えてきた。


 カシウアザンカ。この戦国の医療を支える医療大国。日々、入れ替わり立ち替わりで健診や加療に人々が訪れる国。……ただ、どこぞの女傭兵は素で「貸した鵜と海豹?」などと言って王に爆笑され、鷹に正しい国名を延々としつこいくらい教えられていた。


 本日、ウッペの王族とおまけのサイは健診に来ていた。サイはウッペを出国する間際の際まで「いやだボケ死ね」と抵抗していたが、セツキに叱られて渋々ついてきた。


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