呪い呪われその勝敗


「もうそろそろ」


「ああ、壊れるな」


「あと一回ずつ想いをこめて」


「無垢な眠り姫に口づけを」


 湖の縁に掴まって会話するココリエとセツキ。ふたり共ゆだったように顔真っ赤だ。


 真っ赤だったが口調は軽い。婚礼の誓いにする口づけとは違う解呪の為の口づけなので少し気が楽なのだろう。ふざけ調子で眠り姫などとサイを呼んだが、本人にバレたら殺されそうだ。……いや、殺されそう、ではなく、かなり確実に撲殺される。


 とんだ撲殺淑女である。いや、その組みあわせの呼び方もかなりの高確率で死刑に処される。……ここは、もう、いつも通りでいいか。目覚めてくれたら、サイ、と呼べばいいのだ。他の呼び名などしっくりこない。サイらしくない。姫なんて柄じゃない。


「あり、えねえっての、こんな……。こんな短時間でここまで解呪するなんておめえら」


 セネミスの目には憐れみがある。サイは悪女には見えない。彼女に想い、気持ちがあるとしたらひとりに限ったことだ。誰かは知らねど、サイに好きだと言われなかった方が今から憐れに思えるほどふたりの想いは強い。……ふたり揃って玉砕、もあるか?


 セネミスの呟きの意味を理解してもふたりはなにも言わない。そのことについては触れないで再びふたり息を吸って湖底にもぐっていった。いかに呼吸法を鍛えていても体力には限界がある。もうそろそろふたり共慣れない潜水と浮上の連続で疲れてきている。


 この辺りが限界とみるべき、というのはふたりの共通認識。あんなに高かった陽もいつの間にか傾きかけ、世界を紅に染めはじめている。これがもう少ししたら青が来て暗く黒くなり、夜が訪れる。そうなったらサイの姿を探すのに苦労する。


 しかし、不思議と大丈夫、という気持ちがある。安心感。協力してくれるひとがいるからだろうか。サイはひとりで解呪に立ち向かった。やはり根性が違う。


 たったひとりで心細かった筈なのに。だからこそここで諦めるわけにはいかない。


 先に到着したセツキが口づけて離れる。すると、サイの唇から荊棘いばらが吐きだされてきた。荊棘いばらの最後の一本が抜けたのを見てココリエが口づける。


 ドクン、と鼓動の音がした。鼓動は徐々に早くなり、やがて一定のリズムを刻みだす。


 命の音だった。明確な生きている者の音。


 それを確認してふたりはそれぞれサイの腕を片方ずつ掴んで湖底を蹴り、浮上。水面を突き破った時、空気がいつにも増して美味しいことに気づく。そして、ふたりは示しあわせたように隣を見た。美しい娘がいる。サイはまだ目を閉じたままだが、すぐ異変。


 サイの唇から美しくも妖しい薔薇が抜けだしてきて、宙で霧散した。


「……り、がった」


 セネミスがなにか言う。不明瞭な音。けれど、ふたりにとってそれはどうでもいい。


 水面に浮いていたサイの瞼がかすかに震えたと思ったら盛大に噎せ、女の体が起きあがる。冷たい湖の中で目覚めたサイはしばらく呼吸に喘いでいたが、やがて自分の左右を見て呆れにも似た色を瞳に揺らしてため息を吐いた。そして開口一番。


「己ら、真性のアホか? まだ水遊びの時期でもない上にいい歳こいてどれだ」


「サイーっ!」


「うぶっ!?」


 サイの暴言は途中で切れた。隣にいたココリエが彼女に抱きついて危うく湖の底再びしそうになったのだ。そうならなかったのはセツキがふたりを一手に支えたから。


 セツキがふたりを支えながら苦笑していると痛い、と声が聞こえてきた。どうやらサイの拳骨がココリエの突然暴挙に制裁をくだしたらしい。ただ、痛いで済んでいるので今のサイがだせる拳骨の威力は普段に比べ、かなり落ちているようだ。


「セツキ……」


「元気そうでなによりです、サイ。ココリエ様に叱られたのもそうですが、それ以上に申し訳ない。やはり見捨てられませんでした。私たちは、家族ですから」


「ぅぬう……」


 家族だから見捨てられない。そう言われてはサイも唸るしかない。サイも家族を守り、助ける為ならなんでもしただろうと易い想像だったからだ。レンがサイにしてくれたように。サイがあの日までレンにしてきたように。家族は特別だ。


 だから、以上を責めることができない。狡いと思い、でも、こんな悪魔を家族だと言ってくれるアホさ加減とバカっぷりにはもう暴言一個もでてこない。なので、サイは言葉を変えた。恥ずかしそうに俯いてボソッと呟く。


「……あり、がとう」


「いいえ。当然のこと。無事で、よかった」


 サイの無事が嬉しいセツキもいつもには絶対にない行動にでる。サイのびっしょり濡れた髪を優しく撫でてきたのだ。頭なでなでされてサイはびっくりだが、大きな手が温かくて気持ちいいのでされるがままだ。


 と、そこでふとサイの視線があがり、隻眼がセネミスを捉えた。セネミスは驚き冷めやらぬ様子でいるが、サイが見つめてきたので居心地悪そうに髪をかきあげた。


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