去りゆくウッペの者。黒巫女の独白
「おめえの勝ちだ、サイ。想ってくれるやつらがいてよかったじゃねえの。なあ?」
「お前の方は大丈夫なのか?」
「……。やれやれ。屈辱だね。獲物の娘にわっちのことを心配されるだなんて。たしかにあのクソが今後なにかしてくるかもしれねえが、そいつはわっちに非のあることじゃねえんでな。いくらでも躱しようはある。大きくて余計なお世話だってーの」
完敗だ、と言わんばかりのセネミスは三人にいい加減あがれ、と手で指示。
ここに呪われた者を除いて王族の女以外が入っていてはいけない、というのがトェービエに古くから言い伝えられること。それに、まだ皐月がすぎて水無月が来たばかり。
このままでは風邪をひく。まあ、今、
三人は、特に男たちは渋らなかった。サイは長い間湖に沈められていたのもあり、凍えている。さっさとあがるに限る。考えがまとまったので、ココリエがまずあがり、セツキに押される形でサイがあげられ、最後にセツキが湖からあがった。
ずぶ濡れの三人。特に体の芯まで凍えて微妙にふるふるしているサイにセツキが持ってきた外套をかけてやる。
サイは特になにも言わず、目で礼を言うに留めて外套を体に巻きつけた。外套蓑虫状態のサイをセツキが抱えて湖を背に去っていく。あとをココリエが追いかける。足取りはセツキと違って少々危なっかしい。慣れない運動で体力限界だったのだ。
なので、セツキがサイを抱えていってもなにも文句はない。彼の方が体力的にも
「やれやれ、破られちまったぜ、お母上様。あなたが考案した最強の呪詛が……」
ひとり、ミスミミソギ湖のほとりに残ったセネミスが呟く。母親の考案した呪詛が、こうもあっさり破られるなんて墓前になんと報告してよいやら、だ。
だが、次には別のことを考えた。
それもまた懸念。サイのこと。今、思い返してみてもサイの中に元から息づいていた呪いは恐ろしいものだった。アレは人間がつくったものじゃない。絶対に違う。
アレは悪意の塊。憎しみ、恨み、怨嗟……。ありとあらゆる負の感情をサイの中に留める呪詛。人間も業の深い生き物だが、アレは業が深いなどというものではない。
祟り殺す、呪い殺す。その為だけにこの俗世に生みだされた人外のつくりしものだ。
そうでなければ説明がつかない。どうしても、おかしいのだ。強烈に、陰惨に他者を呪う。それだけでも人間は罪をかぶるが、サイの中にある呪い、あんな悪意を人間に植えつけるなど罪では済まない筈だ。
「……はっ、アホ臭ぇ」
闇でありながら光。本人がどんなに否定しても根底の区分こそ闇でも光のように輝く魂の王冠をいただく娘。赤子でもここほど美しい魂を持っていない。
その無垢を呪った罪。それがいつか来る。いつ来るやら、と思い、セネミスも湖に背を向けてボショの森を去っていく。残ったのは、とてもとても、深い、静謐。
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