再びトェービエへ


「セネミス様、少しよろしいでしょうか?」


「なんだい? 重要か」


「はっ、ウッペの王子と鷹が面会を求めて来ております。いかにいたしましょう?」


「……そうかい。もう来たのかい」


 サイを湖に葬って九日が経った。


 もうすぐサイの法力も尽きて息絶える頃と思い、呪詛の終わりを見にいこうと思っていたところ。見にいく口実がやってきたと聞いてセネミスはふっと微笑んだ。あの秘薬のお陰で父の容体は格段によくなっている。風は去り、生命の灯がかすかに戻っている。


 ならば、死に目に逢わせてやるのもいいか、とセネミスは微笑みを深めて部屋の外で待っている忍に一言命じた。


「朝堂に通しな。わっちもすぐいくぜ」


「御意」


 自室で寛いでいたセネミスは簡単に身支度を整えて朝堂へと向かっていった。


 さて、相手がどんな反応をするか、どんな言葉を吐くか、今から楽しみだ。セツキとははじめましてにしても、ココリエとは二度目ましてなのだから。


 あの雨の日が脳裏によぎる。嫉妬剝きだしで自分を睨んでいた娘は今や呪湖の底。


 なのに、娘当人は嫉妬を嫉妬だと認識していない。可哀想なことだ。だが、相応の見返りがあったのだ。断る理由の方が見つからない。どうでもいい娘を呪うことで父を救えるのならばなんでもいい。今、父に倒れられ、逝かれては困るのだ。


「さて、おめえらにサイほどの純粋で無垢な想いがあるかい? ココリエ、セツキ?」


 サイ。純粋で無垢な愛情を以てココリエの呪いをといた女。彼女ほどの一途さがあるかどうか。なければどうせ解呪に挑んでも徒労に終わる。


 サイにかけられた呪いはそれくらい強い。ココリエという宿主の中で増幅させた強力な呪詛を唇を介してサイ自らの意思で飲み込ませた。自分から飲む。自殺。


 だが、セネミスは黒巫女の誇りとして解呪方法を示しはするつもりでいる。とけるかどうかは相手方次第。少し、ほんの少しだけサイを憐れむ気持ちはあれど解呪については解呪者の気持ちがものを言う。どう頑張っても足りないものは足りない。それが理。


 呪い手であるセネミスに解呪の手助けはできない。それが決まりであり、当然のこと。


 解呪方法を教えてやることはできるがそれ以上のことはなにもできない。面会を求めて来たふたりもそこの辺りは理解しているだろうが、万が一の時には釘を刺すか、と思ってセネミスは朝堂に、裏手にまわった。表から同じ戸をくぐるアホらしさはない。


 朝堂の中は静かだ。静かだがひとの気配があるのでココリエたちはもう来て待っていたのだろう。そこに想いの強さを見たような気がするセネミスは少し安心した。


 サイは想われていた。きっと知らないのは本人だけとかいうオチなんだろうが。


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