王子の驚きと脅しの一矢


「待たせちまったかい、ココリエ? こないだぶりだねえ。宿主役お疲れさん」


「え?」


 我ながらくだらないことを考えるものだと思いながらセネミスは御簾の向こうに抜け、客人たちの前に姿を見せた。客人ふたりは反応それぞれ。中でもココリエは驚きすぎて口が開いている。指摘してやろうかとも思ったが、面白いので放置。


 ココリエの反応に違和感を覚え、セツキがそのことについて訊ねる為、口を開いた。


「ココリエ様、ご面識が?」


「あ、なたはあの時の……まさかっ」


 ココリエはしばらくの間呆けていたが、やがて顔に怒気が満ちていくのがわかってセネミスは笑う。青年の鋭さ、いまさらだが、気づきの早さには天晴とばかり笑った。


「ふふ、サイの声に驚いてちょいと跳んだ程度で都合よく髪の毛抜かれると思うかい? こっちからも引っ張ったのさ。んで、鋭いサイに気づかれる前に迎え役を呼ぶ」


「では、ミス、とは」


「そう、わっちの愛称さ、ココリエ王子。どうでえ? 死ぬほど簡単な絡繰りだろ?」


 セネミスの白状にココリエは呆然とするやら怒りに震えるやらだが、場の緊張をセツキが壊した。鷹の口調は淡々としている。だが、内側には溶岩のような怒りがある。


「サイはどこです?」


「へえ、王子だけじゃなく武将頭まで無意識でたぶらかすたあ、やるな、サイ」


「質問にお答えください」


「んな簡単に教えちゃ面白くね」


 鋭い音がしてセネミスの髪が一房切られる。いつから持っていたのか、ココリエは弓矢を構えてセネミスを睨んでいる。セネミスが内心冷や汗かきながら背後を振り返ると矢が一本壁に刺さって奇妙に揺れ震えていた。


 まさかなんの躊躇もなく攻撃してくるとは思わなかったセネミスはココリエの抱える想いの強さに戦慄した。ココリエはサイを心から愛している。だから、彼女を救う為なら今ここでセネミスを半殺しにしてウッペに戦の火種を持ち帰っても、と思っている。


 無意識でセネミスの喉が生唾を飲む。これはこれ以上ふざけていては殺される。本当に殺されてサイの所在と解呪方法を教えるまで地獄が可愛く思える拷問に遭う。


 それが悟れるくらいにはセネミスも聡明であった。だから、おふざけをやめて居住まいを正す。一国の王女、そして黒巫女として相応しい威厳を以て口を開いた。


「サイはもう死ぬ。ボショの森でな」


「死なせません」


「まあ、解呪方法も掟に従って教えてやるから頑張ってみればいいんじゃね? ちょうどわっちも死を見届けようと思っていたところだしな。案内してやるぜ」


 セネミスがあっさりと、思った以上にあっさり解呪方法を教えてくれることにココリエもセツキも驚いたが、すぐどうでもよくなった。ここまで来てサイを諦めるような根性はしていない。なにがなんでも連れて戻る。生きたまま連れて帰ると決めていた。


 セネミスはやれやれと言った具合で矢尻に千切られてしまった髪の束を見てむすっくれていたがさっさと朝堂をでていくのでココリエたちもついていく。


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