救出へ向けて


「バカがっセツキ、お前は大バカだ! どうして余を取ったりしたのだ。なぜ愛しい女を取ろうとしなかったのだ。どうしていつもいつも王家のことばかりなのだ!?」


「私はウッペ武将頭。ウッペの守護を担う者。王家を一に思うのは当然です」


「この堅物! 少しは曲がってみろっ」


「曲がりません。それが私の矜持なのです」


「そんなことの為に一生に一度逢えるかわからぬ愛し人を見捨てたのかっ!?」


「サイはそんな者では……」


「では、お前の目から零れるはなんだ」


 指摘され、セツキが袖で目の辺りを拭うと着物の袖が湿った。ぽろぽろと零れていく。


 涙が、零れていく。セツキは止めようとして一生懸命目元を拭うが止まらない。


 止められない悲しみの水滴が袖を濡らしていく。なんとかココリエの前でだけでも平静を装おうとして帰還してからずっとひとり部屋に籠って柱に頭突きして激情を堪えていたのに……。結局見破られては意味がない。セツキの喉から嗚咽が漏れでる。


 見捨てたくなかった。助けてやりたかった。なのに、どちらかしか取れない。


 迷いは双方を殺す。だからこそサイは自分を見捨てろとセツキを叱った。


 セツキが守るべきは王族であり、それ以外にはない。サイの即決で今ココリエに命があり、ウッペの兵たちにも命がある。トェービエは追撃隊を手配していたようだが、サイの即決で逃げた為追いつかれることもなく、安全に全力で逃げ帰ることができた。


「申し訳、ありま、せ……」


「余にこれ以上謝るな! さっさと支度をしろ、セツキ! トェービエへ発つぞっ」


「しかし、もう帰路と寝込まれていた二日あわせて六日が経っております。もう」


「諦めるのか? お前らしくもない」


 いつになく厳しく叱責するココリエにセツキは俯いている。なかなか珍しい図だ。普段なら逆なのに。いつもならセツキに怒られてココリエしょぼんなのに、今や逆転している。だが、それを笑う者はいない。ふたりは真剣で、ふたり共心は同じなのだから。


 今すぐトェービエにいく。黒巫女からサイを取り戻し、一緒に帰る。ココリエの強い希望に鷹は少しばかり逡巡したが、青年の強い眼差しに負け、こうべを垂れた。


「……お供、いたします」


「ああ。父上、私にもうしばしいとまを」


「わかっている。ここでサイを本当に見捨ててはルィルに泣かれるだけで済まないしな」


 言って、ファバルは娘の髪を撫でてあやしながら、ココリエに強い目を向けた。


 一国の王としての命令を発する時の瞳。戦がある時によく見る目だった。


「サイを、取り返してこい。どんなに強力な呪詛をかけられようとそれがひとの編みだしたものである限り必ず解呪の方法がある。黒巫女を締めあげて吐かせてみせろ」


「はいっ」


「御心のままに」


 それからふたりは着替えたり、なんだりとして五分で準備を終え、玄関からでてすでに気を利かせていた誰かのお陰でそこにいた足に乗った。イークス二頭はまた全力で走らせてもらえそうな予感に嬉しそうにそわそわしている。


 ふたりは簡単な糧食だけを共通の荷にし、ココリエは弓矢を、セツキは少し厚手の外套を荷に詰めている。北の地でサイが寒さに震えていないか気遣っているのだ。


 セツキの荷を見てココリエはさらに悲しくなった。こんなに想っているのに、見捨てさせてしまった自らの弱さを嘆いた。いつどこで呪いをかけられたのか知れないが、もうどうでもいい。今は一刻も早くトェービエにいくのみ。


「セツキ」


「はい」


「絶対、取り戻すぞ」


 ココリエの断固とした言葉にセツキは目を細め、静かに頷いて応えたのだった。


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