「だから?」
「黒巫女、セネミス王女の狙いはサイでした。それを呪うのにあなた様が宿主に選ばれ、サイの話では一時かなり危険な状態に陥っていたそうです」
「だから?」
「解呪後もあなたの眠りは数日続く。その間、露営地で防衛戦をするには兵の数もなにもかも足りませんでした。あの時、仕掛けられたら幾人も命を落としたでしょう」
「だから?」
「悩みかけました。ですが、サイが一刻も早くここを離れてウッペに帰れ、自身を見捨てろ、と言い、望み、あなたの身の安全を第一にし、私にあなたのことを頼みました」
「……だから?」
繰り返される問いの言葉。だから、と繰り返すココリエの顔に少しずつでも確実に殺意に似た怒気が満ちていくのがわかってもセツキは報告をあげていく。
こうなることは予想していた。ココリエがサイを想う気持ちはそれくらい強い。知っているから悩みたかったのにサイはセツキに悩ませなかった。強く、望んだ。
「本来の獲物であるサイを捨てていけば相手方はそれを回収する方を優先し、我々は安全に帰路へつける。なので、サイを贄にし、見捨てて逃げ帰ってきた次第でござ」
セツキの言葉は途中で切れた。ココリエの殴打が鷹の頬を捉えていた。
殴られたセツキはなにも言わない。ただ黙って血の雫を唇から零した。だが、そんなことでココリエの怒りはおさまらない。セツキの胸倉を掴んでさらに殴ろうとしたが、ルィルシエがココリエにしがみついて止め、ファバルがセツキを庇った。
ふたりがなぜセツキを庇うのかわからないまま、それでもココリエはセツキを攻撃しようと暴れる。必死でしがみつくルィルシエは自分の非力では無理だと判断。音でココリエを止めるように叫んだ。推測でも正しいと思われることを叫んだ。
「お兄様、やめてください! セツキだって辛いのです。好きなひとを、サイを見捨てなければお兄様の命がっ。それになにより、好きなサイに頼まれたのですから!」
時が止まった気がした。ただがむしゃらにルィルシエを剝がそうとしていたココリエが見た先にいるセツキ。いつもらしからず、唇からの流血をそのままに、男は悲痛な表情で目を伏せている。こんな弱々しい姿のセツキははじめて見た。
あまりにも辛そうな、うちひしがれた姿にココリエは暴れるのも忘れてセツキを見た。
最も大切な者を贄にしなければならない。重要なひとを守れない。義務感と愛情の狭間で迷いたかったセツキをサイは許さなかった。大事なのはココリエだけだ、とセツキを叱った図が容易に想像できた。そのお陰で今ココリエに命がある。サイは、いない。
「セツ、キ……?」
「……申し訳、ありません」
「なぜ、謝るのだ?」
「サイを喪うことがおふたりをどんなに悲しませるか、それを説けばよかったのかもしれません。そうすれば、ここにはサイもいたかもしれないのに」
「違うだろう、セツキ?」
「違うことなどなにも……」
「違うっ!」
ココリエの大声にセツキは目を瞑った。またあの殴打が来る、と思って身構えているのだ。サイに稽古をつけられてココリエの拳の威力は確実にあがっている。
サイのようにアホのような怪力剛力がないので致命打にはならないが、それでも以前までと比べられないくらい成長している。なのに、講師のサイはもういない。
悲しい。サイがいればココリエはもっともっと成長できただろうに……。
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