呪われし王子の目覚め
「う、んぅ……?」
ウッペの者がトェービエから帰還して二日。ウッペ城の一室でひとが声をあげた。
淡い亜麻色の髪。空色の瞳。美しい青年だった。青年は自分の現状がわからなくて首を傾げ、起きあがろうとしたが、それより腹に渾身の頭突きが入るのが早かった。
「お兄様、お兄様っ」
「ぶほっ、リ、ルィル?」
頭突きにより思い切りげふーっと噎せてしまった青年――ココリエは自分に取り縋っている少女の名を呼んだ。
ココリエを案じて呼びかけていた少女はココリエが声をかけた瞬間、泣きだしてしまった。状況が、なにが起きてなにがどうなっているのかわからないココリエは妹の髪を撫でてあやしながら誰か説明してくれるひとが来ないか、ときょろりと部屋を見渡した。
すると、いつからいたのか、ずっとそこにいたのか知れない男が沈痛な表情で正座していた。ココリエが男――セツキを見つけるまでの間もルィルシエは泣き続ける。
「ココリエ、目が覚めたか?」
「父上?」
「ああ、具合はどうだ?」
「具合?」
いつになく険しい表情の父ファバルに体調を訊かれてココリエは「ん? なんで具合なんか?」と思った。それをココリエの表情に見てファバルはほっと息ついた。
逆にココリエはさらに困惑した。なにがどうしてどうなって今ここにいるのかすらわからない。たしか自分はトェービエで演習を行うのに総指揮を任されていた。そして、現地に入っていた筈なのにどうしてウッペ、自分の部屋にいるのか訝った。
「トェービエでお前は呪いの宿主にされ、呪われたのだ。そして、解呪を確認して即時撤退し、今にいたる。だが、存外元気そうでなによりだ。これならあの娘も……」
「呪い? 解呪? 呪いって誰が私を? それに解呪などと、誰がそんな……?」
ココリエが当然の疑問を訊ねた瞬間、ルィルシエの泣き声が大きくなった。身も世もなく泣きじゃくっている妹がどうしてそうなのかわからない。心配をかけ、案じてくれていて無事だったことに泣いているにしても少しいきすぎている気がする。
こんな時、サイがいたら「うるさい」と一喝しそうだ。……そう、思ったと同時にココリエは違和感を覚えた。この場にいて当然のもうひとりが不在していることに疑問を抱いたのだ。だから、ココリエは訊いた。そのひとのことを。違和感のままに。
「サイ、は?」
……。答はない。誰もその質問に答えない。答えてくれない。ココリエは違和感が不安に変わっていくのを感じて部屋の男たちを交互に見る。ふたりは目を伏せている。
だが、ややあって視線に負けたか、それとも覚悟を決めたか知れないがセツキが口を開いた。そして、ココリエに無情な言葉を吐いた。平素の彼にない漂白された表情で。
「サイは捨ててきました」
「は?」
「サイを、私は見捨ててきました」
ココリエは自分の耳の機能不全を疑った。セツキの言葉が信じられない、どうしてそんなことを、そんな嘘を。というよりはどうして見捨ててきたのかわからなかった。
セツキほどの者がいてどうしてサイひとり見捨てて帰ってきたのかわからない。
だって、だって……。セツキが、ケンゴクがいたのにどうしてサイを見捨てた? 家族を捨ててきた? なんで、なにがどう関係してそうなったのか知れない。
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