鷹に隠し事はできない


 離れたサイの瞳にあったのは冷たい悪魔の無。セツキはなにも言わなかった。サイのしたいようにさせてくれる辺りは大人で、やはり歳上なのだな、と痛感したサイは首を傾げてなにか今、現状で質問があるか? と瞳で問う。


「解呪にあたってなにか危険は?」


「ココリエにはない。私の巻き添えだ」


「? どういう……」


 セツキが意味を計りかねているのを見て、サイは簡単ざっくりと説明した。宿主とされたココリエは今呪われているが、それは仮初の呪い。いわば欺き。解呪者こそが本来の獲物であり、宿主は順調に解呪ができれば数日眠ることにはなるが助かる。


 その代わり、解呪者は宿主の中で育てられた呪いで弱っていき、やがて呪詛専門の巫女、黒巫女の手に堕ちる。だから本当にココリエは巻き添えを喰らっただけ。


「……そう、だったのですか。いえ、ですがなぜすぐに戻らなかったのです?」


「うむ。私の方から接触するのは禁じられてな。そちらから来る分には構わないと譲歩してくれた。合流し、元の露営地に戻ってもおそらく咎めが来ることはない筈だ」


「では、すぐ戻りましょう。あちらにはケンゴクが残っていますが、ココリエ様の御身を安全な場所に移さねば」


 セツキの言葉にサイはひとつこくりと頷いて立ちあがろうとして左足の激痛に転ぶ。セツキは怪訝な瞳。サイは細々と怪我をしているが、すべて治療済みに見えるし、なにがどうして転んだのかわからないようだ。サイはそっぽを向いてボソッと呟く。


「安心して気が緩んだのだ」


「……。なら、いいです。いきましょう」


 違う。安心した程度でよろけるようならサイはとっくに闇に飲まれて死んでいた。


 それでも嘘が嘘とバレないように嘘をついたのはココリエのことで手一杯のセツキに余計な心配をかけたくなかったからだ。セツキが心配してくれるとは思えないが、一応、繕えるだけは繕っておきたい。それがサイのイミフ矜持だから。


 しかし、それにしても……。左足にあるこの痛みは尋常ではない。


 創傷にも裂傷にも痛みにまるで動じないサイが転んでしまうくらいには激しく痛む。だが、どんなに痛くてもサイはぐっと堪えて立ちあがり、食料を服で包んで担ぐ。サイが食料を準備する間にセツキは先んじて洞穴をでていった。


 サイも続くがやはり足が痛くてならない。洞穴から這いでるだけで息が切れてしまう。


 セツキはなにか物言いたげな目でサイを見ているが、サイに言うつもりが一切ない、というのをとっくに察してなにも訊かない。その優しさがありがたい。


 今、縋ってもいい、と言われてしまったら二度と動けなくなる。そうなったら足手まといに酷似した、でも明確に違うなにかにしかなれない。もしもそうなったなら、戦士としての誇りもひとりのひととしての意地もなにもかも失くしてしまう。


 牙の抜けた老犬以下。考えただけでゾッとするし、そんなものクソ喰らえである。


 もしも敵襲があった場合はセツキに前衛を任せてサイは後衛にまわる。今のサイではセツキの邪魔をしてしまう。ただまあ、セツキの腕ならそんな面倒臭い役割分担などせずともどうとでもなりそうだが……。


 それでも万全に備えない者に明日はない。


 今までもこれから先もそうだ。備えてこその強さであり、余裕を持てる。今のサイに余裕はないが、それを埋める為、いつも以上に備えなければならない。


「サイ、ココリエ様と同乗を」


「いや、私は」


「あなたにも恥じらいがあるのは貴重な発見ですが、ココリエ様ひとりですと落ちた時に悲惨ですから、支えの人間が必要なのです。襲撃者などあれば私が対処します」


「や、だから普通それ逆……」


「いいから乗りなさい。その足では歩くのも辛いでしょうし、難しいでしょう」


「……む、ぅ」


 見抜かれていたサイはバツの悪い瞳でセツキを少し睨む。不貞腐れたこどものような態度のサイを無視してセツキはココリエを外に繫いで待たせていたイークスに乗せ、サイから食料の衣を奪ってサイを抱え、ココリエの後ろに乗せた。


 靴の紐を留めていなかったのが敗因だろうか、と思っているとセツキがサイの靴を脱がせて足袋をずらし、赤い蚯蚓腫れのようなものに覆われた足を確認。そっと、手の甲を当ててなにかを確認するセツキは厳しい顔をしていたが、頭を振って思考を払った。


 サイの足袋を元通りにし、靴を履かせて逆の足を見て、見真似で靴の紐を留めた。


 そして、イークスの手綱をほどいて歩きはじめる。むすっとしているサイとは違ってセツキは周囲を注意深く警戒しながら進む。サイはココリエが落馬ならぬ落鳥しないように胴を片手で抱き、片手でイークスの手綱を軽く掴む。


 セツキは前日の大雨で派手に濡れて汚れたようで、着物のあちらこちらに泥が撥ねていた。雨に搔き消されながら大声でふたりを呼ぶセツキが容易に想像できてサイは申し訳なく思った。要らない心配をかけてしまった。余計な手間を取らせてしまった。


 反省はしない。セツキはセツキが思うままにした。それを謝るのは侮辱に等しい。


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