無念の亡者
「お前たちの方は大丈夫だったか?」
「聞こえていましたか」
「派手にな。怪我人がいるようなら」
「ご心配なく。みな無事です。あなたはあなたの身を案じなさい。ココリエ様が宿主となり、解呪者を真の獲物として見ているのならば狙いはサイ、あなたですよ?」
「私がこうなったのはどうせ日頃のなんたらであろう。故に気遣い無用だ、セツキ」
セツキはサイ自身のことを考えろ、と言う。だが、優しい言葉にサイは平然と日頃の行いが悪いせいだ、と自分自身を斬り捨てた。そうでもしなければ潰れる。
呪詛などと超常現象であり、現実には存在しない思い込みの風邪と思っていたが、セネミスの呪詛は本物だ。よって身に覚えるべき経験がないのでサイは強気を保つ。
弱さを、心の柔らかなところを見せては途端に残酷な図の主人公になる。そんなものは断固拒否。この程度で折れるような心ではないが、この一件にアレが関わっているとなると慎重になる。アレの邪悪は底知れぬ。気を抜けば厄介が大惨事だ。
「爆薬、もう一度探ってみようか?」
「いえ。ケンゴクに頼んでこちらからわざと起爆させてもらいました。おそらくもうあの露営地に罠はないものと思われます。それとも、別の懸念でも?」
「特にそういったのはない。ただ、露営地に安全の確保があるか、心配しただけだ」
「サイ、多方面を気遣うのは結構ですが、たまには自分を助けてあげなさい。露営地に戻ったら一旦休息を。ココリエ様を案じてくださるのは嬉しいですが、それであなたが無茶をして倒れては元も子もないでしょう? 少しは他人に頼ることをなさい」
セツキのもっともな言葉。自分を労わらないサイを心配してわざとそういう言いまわしをしているのかもしれないが、単独行動の上、ココリエを救う為といえ呪いをもらっているとあっては少しは心配するのかもしれない。
サイはセツキの休め、という言葉に今だけは素直に従っておこう、と思った。ごねて説教が来てもいやだし。セツキの説教は本当に脳味噌ブレイカーだ。
今は喰らう元気などない。結論してサイは自分の前に座っているココリエの背に耳を当てて心音を聞く。一定のリズムで刻まれる命の音。ひどく安心できる音だ。
セツキはサイの行動になにか言いたそうに見えたが、黙って歩調をあげ、歩いていく。
ふたりの意識ある戦士に会話はない。淡々黙々と動いている。歩き通していく。やがて地上に顔をだしたばかりだった太陽が空の頂へとのぼっていき、傾いて赤く染まりはじめた頃、ようやく三人は樹海を抜け、カエレヌ崖のところへ戻ってきた。
「暮れ切る前に林道だけは抜けよう」
「どういうことです?」
「あそこはいやな感じがある。おそらく無念の亡者、邪な悪意が彷徨っている」
忍者たちからココリエを取り戻した時、感じた違和感。推測で、それもこんな心霊的なことを言うのはどうかと思ったが、意見を述べておいた。いやだ。ここはいやだ。
サイの第六感がしきりに警鐘を鳴らす。ここは夜いていい場所でない。昼間にすらねっちょりとした独特のいやな空気があったのに、世界が闇で満たされる刻限は魑魅魍魎が動く
「……もし、サイ、ルィルシエ様に散々言っておいて幽霊など信じているのですか?」
「いるか。今まで殺してきた人間が化けてでたことなどない。よって霊などいない」
「では、なにがいると?」
「はっきりとはわからぬ。だが、いやな空気だった。あそこには長居したり、夜通らない方がいい。勘で悪いが、そのことに留意して動いてくれると助かる」
「……。わかりました。呪詛、などというものが実在しているのです。そんなものもあるのでしょう。では、さっさと抜けて他の者に合流してしまいましょう」
セツキはサイの勘を信じて夜が来る前にあの林道を越えることを選択。
サイの勘はよく当たる。地面に残っていた人間のにおいから罠がないか疑っていたことといい、普段の行動といい。セツキが鈍感なわけではない。サイが鋭すぎる。邪悪に触れすぎてそうした有害さを察する力に長けているのだ。
だが、無念の亡者に邪な悪意? もはや霊ですらない。それはなんというかひとの悪意に似ている。きっとサイも同じことを思っているのだ。だからこそ曖昧、と取られる表現を使った。ここはもうその林道の入口。悪意が耳を澄ませている可能性は大。
セツキはひとつ大きく息を吸って走りだした。ふたりを乗せたイークスが後ろをついてくる。ただし、翼を胴にこすってさも不安げにきゅあきゅあ鳴きながら。
人間より鋭い感覚器官をもつ動物がここほど怯えるのだ。やはりなにかよくないものがいる場所なのだろう。それが実体を持っていないことを祈るばかり、と思ったのが悪かったのか、なにか見えた。……影だ。黒い影が三日月の笑みで道を塞いでいる。
「止まるな、セツキ!」
「!?」
「やつらに実体はない。駆け抜けろっ」
敵襲と判断し、止まって迎撃をと思っていたセツキの耳に音速の指示が届いた。
踏みとどまろうとしかけた足がサイの声に従って駆けていく。勢いを止める機会を逸したセツキの眼前、影がにたぁ、と笑っている。薄気味悪さを感じてもセツキは止まらず、駆け抜けた。そして、通過してみて振り返る。
影たちがふよふよただよいながら浮き沈みしつつ笑っているのを見てセツキはついほっとする。接触してなにかあると考える方が普通だ。その普通を振り払って影たちを無視したのはイークスに乗っている女戦士の指示によるもの。たしかに実体はなかった。
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