もう、あなたは……
「つまり、あなたが今この解呪者になっている、ということでよろしいですか?」
「……すまぬ」
「なぜ、謝るのですか?」
「いや、その、勝手に解呪者を担ってしまって……。ココリエもさぞ不快だろうに」
「……」
「だが、今でこそこうだが、ココリエは、本当に死んだようで死にそうで、だから」
「サイ」
セツキの静かな声にサイはだが、特大の雷を喰らったかのように身を縮めた。恥ずかしさと申し訳なさで。普段ならばセツキの説教など屁とも思っていないが、現状はかなりサイに非がある、とサイは思っている。だから、セツキの声が怒鳴り声に聞こえる。
サイはセツキに睨まれるのを恐れて目を顔ごと逸らし、斜め下を見た。草もまばらな地面が見える。と、思ったのは一瞬で、若葉色の衣が視界の端で揺れてサイを熱が包んだ。温かい人肌のぬくもり。そして、香ってくるのは上質な茶葉のにおい。
サイが視線を動かすと、セツキがサイを優しく包んでいた。逞しい腕の中でサイはきょとん。なぜセツキが突然このような奇行に走っているのか理解できないのだ。
「セツ……」
「あなたは本当にどうしてそうなのですか」
突然、セツキが投げかけた問いにサイは答えられない。答え方がわからないのとどうしたらいいのかわからなくて。こんなふう優しく抱きしめられたのは初春以来だ。
あの時は優しいココリエだった。だが、今はどうだ。あの鬼セツキだ。毎度毎度要らん説教を叩きつけてくださる傍迷惑な男。厳しくサイを冷遇する者だと思っていたのに。どうしてそれがこんな優しい温度で、力で、サイを包んでくれる?
「どうして、自己犠牲でしか他者に尽くせないのですか、サイ。妹にもあなたは同じことをしていたのですか? こんな悲しく痛々しい愛を抱いていたのですか?」
「ち、違……っ」
「では、いい加減改めてください。ウッペはあなたの家。我々は同じ糧をいただく家族」
「かぞ、く……? だが、お前は」
「帝都では失礼しました。あのあと、珍しく聖上より雷を落とされました。あなたは、サイは家族。だから、つまらない悪意を抱くな、と叱られてしまいました」
意外だ。ファバルがセツキに叱られているのはいつものことなので想像に易いが、逆、というのはいまいちというか、まったく想像つかない。
これもある種お説教だ、と思ったがサイは気づけばセツキの着物の袖を掴んで彼の胸に額を押しつけていた。
涙なく、声なく、泣けない。そう在った筈なのにどうしてか、泣きたくなった。
涙は封じた。嗚咽は殺した。泣きたいという衝動も消した。なのに、なぜ今になって。それもセツキなどに縋ってしまいそうになっているのか、サイにはわからない。
わかるのは、ここで堪えなければこの先の苦難に立ち向かえない、ということ。
あの神を自称した変なのがいつどこでサイの喉を搔きに来るか知れない。油断も安心もできない。だから、サイはしばらくセツキに押しつけていた額を離して息ついた。
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