王子の異変と林の先
「……」
「コ、コリエ?」
「……」
サイがココリエの突然の奇行にイミフを咲かせているとココリエが歩きだした。サイはわけがわからないが影たちが襲ってくる気配はない。ないが、ココリエとサイを囲むように円をつくっている。サイが状況を計りかねているとココリエが振り返った。
そして、おおよそ彼らしくない三日月の笑みを浮かべ、まるでついて来い、と言うように踵を返して歩きだす。そのココリエに追従する形で影たちが揺れる。サイの背に触れた影は氷の温度。サイは迷った。ココリエをこのままいかせるわけにはいかない。
だが、かといって得体の知れない禍々しい気配を放ち、陰惨に笑うココリエについていっていいものか。こんな時はどうすればいい? しかし、考える時間はない。ココリエはもうだいぶ遠くにいってしまっている。
これは腹をくくるしかない、とサイは歩きだす。まわりを影たちがまわりながら囲む。
まるで、もう逃がさない。そう宣告するようなそれ。サイはココリエの手に今凶器があるのは危ないと判断してリギアを消す。ココリエは無言。サイも無言。
が、無言の時間を壊すようにココリエについて歩きはじめたサイの背に巨大な爆音が叩きつけられた。サイが振り返るも影たちが邪魔でよく見えない。であってもサイの鋭敏な鼻がにおいを嗅ぎ取る。爆薬のにおいに焦げ臭さが鼻腔を衝く。
どこで爆発が起こったのかと思ったが、いやな予感がした。昨日、露営地に入った時に感じた人間のにおいがもしも、爆薬を仕掛けた者のにおいだとしたら?
爆薬のにおいはなんとかして、梱包なりにおい消しなりし、誤魔化すことができる。
だが、人間のにおいは別だ。どうしても誤魔化しようがない独自のにおい。これを誤魔化すにはより強烈で消えないにおいをつける必要があるが、そうするとその時点で罠に気づく。だから、より怪しまれない方を取った。
サイは舌打ちして戻りたい気持ちを押し込め、ココリエを追った。また彼は遠くにいってしまっている。遠く離れていっているが、サイを置いていくつもりはないのか時折振り返ってはあの時、ココリエに入っていった影のように三日月の笑みを浮かべる。
気味悪く、うすら寒い気配だが、追わないわけにはいかない。ココリエが主だからだとか上司だからだとかではなく放っておけない。サイの醜さを許してくれた最初のひと。それだけで充分に大切で守らなければならない存在だから。だから……。
「ココリエ」
この影たちがなんなのかわからないながら今ココリエに取り憑いていると思われる影を操る主の下にいけるかもしれない。そうしたらそのバカを殴って蹴ってぶっ殺してココリエを解放させ、一緒に帰ろうと決めてサイはココリエを追っていった。
ふたりは影に囲まれたまま林にはさまれた道を進んでいく。林の中に敵の気配はない。代わりに薄気味悪い気配が充満している。この林はどうやら曰くつきのものらしい、というのがわかってサイは歩調をあげた。ココリエの背を見ながら女は進む。
やがて四刻半ばかりも進むと林の木々がまばらになり、なくなり、開けた場所にでた。
そして、そこでようやくココリエは足を止めた。にんまり笑ったままの彼はサイに先を示した。サイは訝りながらココリエを抜かして先を見た。崖だった。それもかなりの断崖絶壁。しかも鼠返しになっているときた。プロのクライマーですら遠慮しそうだ。
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