攫う者たち


 露営地の騒がしさを背後にサイは駆けていき、すぐ怪しい者たちに出会った。そいつらはなにかを運んでいる。大きさからして人間。それだけ情報があれば充分。


 ココリエを攫っていく者たちをサイは追跡しはじめる。猛追するサイに気づいたのか、はたまた最初から知っていたのか追っている者たちのうちひとりが口を動かしているのが見えた。黒装束に黒い頭巾。どう考えてもそちらの人間。隠密の者。


 読唇術で読みとき、ふたりの会話を見る。


「躊躇なしに追ってきやがった」


「黙って走れ。あの女、傭兵の身でありながら次期戦国の柱と誉を受ける戦士だぞ」


「そうかよ、だが見ろ。いい女だ」


「見たさ。だが、いい女は強くて凶暴だ」


「はは、たしかに。だが、もったいねえ」


「あの女には手だしするな。殺されるぞ」


「おっと、そうだった。危ねえ」


「そうさ。生皮剝がれるだけじゃ済まんぞ」


「爪も剝がれて目玉をくり貫かれるな」


「その心配は無用だ。私が殺してやる」


 冷たい音が男たちの会話に加わる。氷点下の声を放った主はこの時すでに得物を振り抜いていた。ジュっと不吉な音がして男たちの首が宙に飛ぶ。残ったのは黒い円弧。


 サイの《戦武装デュカルナ》、《黒殺こくさつのリギア》が振るわれていたのだ。黒く果てない闇を思わせる武器はジュウジュウ、と威嚇するような音を立てている。表面温度は何千度にもなり、サイの法力の強さと濃度を威風堂々と示している。


 首を刎ねられた男たちは数歩だけ進んだ。勢いのままに足が勝手に動いたのだ。だが、そのあとは崩れるように倒れて抱えていたココリエを手放した。


 サイはすぐココリエを腕に抱いて着地。ココリエの様子を見るサイは騒がしい心臓に黙れ、と言い聞かせながらココリエを診る。外傷なし。だが、目を閉じ、冷たい体はどうしても死を連想させる。サイは自身に大丈夫だと言い聞かせ、まわりを見た。


 いやな場所だった。左右を林にはさまれた上、広い道には身を隠せる場所がない。見知らぬ地の林に入るのは自殺行為。なにが待っているかわからない。


 幸いなのは露営地からさほど離れすぎていない、という一点にある。今すぐ戻ってココリエになにが起こったのか、どうすればいいかを相談する相手はひとりだけだ。


 不本意。すごく、超絶、ものめっさ不本意ながらここは我慢して医師の免状を持っていると聞いたジグスエントに診せるのが一番だ。確実に安全、かどうかは置いておいてたしかな診察を受けられる。謝礼になにを要求されるか正直怖いが、仕方ない。


「ぬ?」


 早く露営地に帰らなければセツキやケンゴク、兵たちも心配する。説教もあるかも。


 そう思ってココリエを抱えて帰ろうとしたサイの腕を引く強い力。そして、力の主を確認するより早く、突如あの影たちがサイを囲んだ。サイはココリエを守るのにリギアを構えかけたが横から奪われた。自分から刀を奪った阿呆を睨みかけ、サイは呆けた。


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