明け方の怪異


 明け方。空が白みはじめているのを天幕の布越しに感じてサイは体を起こそうとし、ふとなにか感じた。それはとても不気味で腹の底が冷えるような気配。少なくとも人間ではないナニカだ。それだけわかればあとは早い。サイは目を閉じたまま気配を探る。


 外の見張りたちはこの気配を発しているナニカに気づいていない。あの気配に鋭いセツキとケンゴクもまだ眠っている様子。気づいているのはサイだけだ。


 サイはあまり賢いとは言えないと思いつつ袖口に仕込んでいた小刀を取りだして飛び起きた。そして目に飛び込んできたものに固まってしまった。そこにあったのは影。


 ただ、影といってもカザオニやらの隠密職戦士ではない。本当に実体のない影。ひとのような形をしているが絶対にこれはひとではない。胃の底から湧く不快感。反吐がでそうな気味悪さにあの剛胆なサイさえも瞳に不気味さを恐れる色を揺らす。


 影は天幕の中に三体。うち一体がココリエを覗き込んでいるが、サイが見ていることに気づくとサイを見て、にいぃ、と三日月の笑みを浮かべた。ぞわぞわ、とサイの背に蟲が入ったような悪寒が這いまわる。が、それを気味悪がる暇はなかった。


 笑っていた影が一体、寝息を立てているココリエの口から彼の中に入りはじめたのだ。サイは超常現象に目を見開き、なにが起こったのかを整理するより早くココリエの口を塞いだが影はまるで空気であるかのようにサイの手をすり抜けていく。


 そして、あっという間にココリエの中へ入っていってしまった。サイが唖然とする間に天幕の中にいる他の二体も先のに続くよう、ココリエに近づく。


 サイはココリエを起こそうと揺さぶるが、その時、ふと気づいた。ココリエの体温が異常だった。氷のように冷たい。まるで死人。あの時の……レンの、温度。


「ココリエ、ココリエっ」


「……」


「い、やだ、ココリエ、ココリ」


 返事をしないココリエにサイが最悪を考えた時だ。ふっと、ココリエの体が浮いた。まるで先ココリエの中に入っていった影のように。ふわりと地上から数ミリほど浮かんでいる。ココリエの目が開く。空色の目は死んだ魚のような濁りを与えられていた。


 なにがどうなっているのかわからなくともサイはココリエを掴もうとした。放したくなかった。そばにいてほしい。例えどんなに不安を煽る温度を持っていても。そばにいてくれさえしたらなんとかできるかもしれない。そう、思って手を伸ばした。


「なっ」


 だが、現実は残酷で非情だ。サイの伸ばした手は空振りに終わり、ココリエの体は誰かが見えない糸で引っ張っているようにぐんっとものすごい速度で引かれ天幕にぶつかる、かと思ったら天幕が突然裂けた。そして、裂けた天幕の外にココリエは飛んでいく。


 単独行動は愚の骨頂と思えどもそれどころではない。一大事の状況に迷いは禁物。


 即決してサイは持っていた短刀を投げる。天幕を破っていった先にあるものをサイは正確に把握している。即座に澄んだ金属の音が響き渡った。昨夕の飯をつくるのに使った大鍋に短刀が当たり、金属同士の悲鳴があがったのだ。


 露営地が騒がしくなる。特にココリエの天幕に近かったセツキとケンゴクの使う天幕から事態を訝る声が聞こえ、慌ただしくでてくる音が聞こえたが、サイは伝言をする時も惜しいので勘を働かせろと思い、すぐ、ココリエが消えた天幕の向こうに急いだ。


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