突然の声


「ここぁな、カエレヌ崖と呼ばれてんだ」


 ここになにがあるのか、疑問視するサイに答をくれる声があった。それはココリエの声ではない。サイが振り返ると不気味笑いを顔に貼りつけたココリエがいた。そしてその背後には影たちがいる。影たちも笑っている。背筋がゾッとする光景だ。キモい。


「そして、この下はネンシ樹海が広がっている。ここ、トェービエの名所のひとつさ」


「何者か、これはどういう」


 サイは問いかけながら不意な違和感に首を傾げた。サイに説明をくれている声にサイは聞き覚えがある気がしたのだ。奇妙に反響しているがそれは女の声だった。


 女の声はサイの疑問にくすくす笑っている。面白おかしそうに笑われてサイの機嫌は最悪のさらに下へ落ちていくが、女の声は気にせず、教えてくれた。サイの現状を。


「今から王子を崖下へ飛ばせるから助けたかったら追いかけな。ネンシ樹海に落ちた時点で完成するように式を組んであるんでな。転落死した時ぁ、残念ってことで」


「ふざけんな」


「ふざけちゃいねえさ。ネンシ樹海を奥へいきな。そしたらそこで新しくいろいろ教えてやるからよ。ま、安心しな。王子に興味はねえ。本当に用があるのはおめえだ」


 女の言ったことにサイは首を傾げる。本当に用事があるのはサイ。では、なぜココリエになにかしら知れない仕掛けをつけた? イミフすぎる。


「おっと、ウッペの連中がおめえらの不在に気づいたらしいな。アレだけの爆撃でこれほど早く冷静さを戻すとは、やはり東北地方最強と誉高いだけのことはあるらしい」


「当然。無理にでも冷静にならねばどこぞの誰かさんが説教をかます。それにアレこそ冷静に在れる男だ。だが、爆撃、やはり……。クソっ、お前、あとで絶対殴る」


「おー。おっかねえこった。だが、今はそれどころじゃねえんじゃねえの、サイ?」


 女の文句にサイは首を傾げかけたが、背後で石が落ちる音がしてはっとする。振り向いた時にはもうココリエは崖下に飛びおりていったあとだった。


 青年の長い髪の毛が崖先から消える。サイは迷わなかった。即座にココリエのあとを追って崖の下に身を躍らせ、飛び込み台のように突出している崖の岩を蹴って加速。崖の岩場にぶつかる寸前でココリエを捕まえたサイは彼を胸に抱き、反転。背を下にした。


「ガっ!?」


 一瞬する間もなくサイの背に衝撃が激突。岩にぶつけた背が激しい痛みを訴えるが、サイは無視してさらにココリエをきつく抱きしめて守りを固めた。ぶつけた弾みで一回転したサイは再び来る衝撃に備えて身を固くし、予想通り、岩壁の洗礼を存分に受けた。


 だが、一度落下の速度が落ちるとあとは転がるばかりになり、途中の突起に肩などを裂かれながらサイは無事でないにしろ命を持って崖下に到着した。まんべんなく痛い体に鞭打ってサイはココリエを抱きしめたまま身を起こして辺りを見渡した。


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