これぞまさしくお茶濁し


「セツキに? 本当ですか? セツキにようやく春が来たのですね! わたくしも話に混ぜてくださいませ」


「おお、もちろんじゃ。お嬢ちゃんは……そう、ルィルシエ様じゃな?」


「はい! それで、お話はどこまで?」


「ルィル、少し落ち着け。セツキに想いびと? それもご冗談ですかな、チモクさ」


「あー、ふぅむ。アレはいつだったかな? そう、布団からはみだす立派なウセヤの」


「あ゛ーっ!? それ以上はーっ!?」


 なんて汚い手口だ。と、いうかファバルがこんなにひとりの人間に言葉で振りまわされているのは新鮮だ。いつもは突拍子ない発言行動で振りまわす側なのに。


 と、サイが呑気に思っていると視線を感じた。そちらに意識を向けるとセツキがまた助けを求めるような目でサイを見ていた。あのセツキが泣きそうになっている。


 彼の瞳にあるのは「なんとかしてください」だ。今ここで口を利いたら祖父につつかれると思っているので、というかそれは当たりだろうし、だが、だからといってこっちに振られても……とサイも困る。先は茶で誤魔化したが、今度はそういかない。


 サイが席を外している間に話がとんでもない方向にいってもらっても困る。


 それにチモクはファバルの話を脅し材料に使ってセツキの話が逸らされそうになったらファバルの恥ずかしい話をだしてくる気満々だろうし。ああ、なんという卑怯。


 ……年の功をこんなところで使うなよ。と思ったのはひとりではない筈。


 チモクはサイが席を外して茶を淹れてくるのを待つようにたまにちらっとだけサイを見る。サイが気づいているとわかっていて見る。いやホント、どんだけアレなんだ、このじじい。サイはふう、とため息をついたが、すぐに軽く手をぱんぱん打った。


 ひゅるお、と音がしてサイの背後にいつの間にか影。カザオニが控えていて茶汲みセットを主の隣に置いた。察しのいい鬼のことだから、サイの要求も完全把握だ。


 お湯は適温。茶葉はユリフサではなく、ユクチのものだったがこちらは香りの豊かさが気に入って買ったサイの一押しだ。紅茶のフレーバーを思いだすのだ。楽しいのは淹れる温度によって香りが変わることだ。カザオニの用意した温度なら……。


 サイは慣れた手つきで茶を淹れ、全員に振る舞った。セツキが場を誤魔化すのに一番、次に喉が渇いていたらしきルィルシエが湯飲みを取ってすすったが、ふたり共驚く。びっくりで目が丸くなっているルィルシエがサイに質問! とばかり挙手した。


「なぜでしょう、林檎の香りがしますわ」


「正確にはジャーマンカモミールの香りな」


「邪魔もん鴨を見る?」


「イミフ。ハーブティの香りという意味だ。ま、海外の茶だな。沈静の効果があり、安眠にも効く。先から興奮しっ放しのファバルにはちょうどいいだろう」


「どこの茶葉ですか、サイ」


「ユクチのだ。ぬるめに淹れるとこうなるが高温の湯で淹れると強く刺激的な香りが楽しめる不思議な茶で一押しだ。好きな香りを見つけるまでいくらでも淹れられる」


「おかわりください」


「調子こいて飲みすぎるなよ。でなくば己がファバルの地図を再現するかもしれぬぞ」


「なぜだ。私の心臓が痛いぞ?」


 不思議そうなファバルにも茶をすすめ、サイは後ろのカザオニに茶請けの菓子を配らせる。チモクは不満そう、というか思惑が潰れて不貞腐れている。いい歳こいたじじいのする顔じゃないので、そっちの方に笑えるサイである。気持ち的には爆笑だ。


 だが、これ以上セツキに困った顔をされるのは調子が狂う。セツキはいつも涼しい顔で時々鬼の形相で説教をするくらいがちょうどいい。それが常のセツキなのだ。


 そう結論しているサイはその後も珍しい茶を淹れたり、セツキに春をすっかり忘れたルィルシエにせがまれるまま海外の茶や文化について教えてやった。


 ファバルも興味深そうに聞いていて場は完全にサイのモノ。それに、チモクが時々口をだそうとしてはカザオニが菓子を配って邪魔をした。そして、しまいにはチモクも不貞腐れまっくすになってしまってむっすーとした顔で帰っていった。


 これにほっとしたのは数人。セツキは本当に心の底からファバルもやれやれ嵐が去ったという感じにげっそり。場はお開きとなり、それぞれが自分のやることに戻った。


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