ところ変わって……
場所は変わって応接間。痛重苦しい沈黙が停滞している。応接間には男三人。ひとりはとても寛いだ様子で、他ふたりは今にも胃痛でぶっ倒れそうな感じの表情でいる。
「待たせた」
「おお、これはいい茶じゃな」
「まだ飲んでもいない筈だぞ、じじい」
「ほっほっほ、いい茶は香りでわかるわい」
すげえ嗅覚。猛禽類の異名なクセに犬ばりの嗅覚を持っているんだろうか? そんな失礼を考えているのは新しく部屋に入ってきた女。サイはいつも通りだ。が、さすがに部屋の空気にはちょっと引いているようで瞳に「ここから消えたい」がちらりしている。
だが、「ひとまず、茶にしないか?」という案の言いだしっぺなので逃げるわけにもいかず、セツキがいまだに縋るような目でちらちらサイを見てきているので「じゃ!」と、退散決め込むわけにはいかなさそうだというのは直感で気づいている。
室内のえも言えぬ混沌とした空気に半分ばかり参りながらサイは茶を給仕していく。
いつだか、セツキに書いたように茶のお品書きも配ったサイは自分の茶を前に上司の男ふたり、ココリエとセツキをちらっと見て、うーむ、なんだかなー、どうしたものか、と言いたげに瞳を揺らしている。
いつものサイなら言っている。「なんなのか、己ら」とか言ってしまうのだが、言ってもいいのだが、直前のよくわからない揉め事もあるのでへたなことを言えない。
「ずずー……」
そんな若者三人を放ってチモクはもう早速サイの淹れてきた茶を飲んでいる。
で、なにやら驚き、納得し、お品書きを見てまた驚き、それでも次には納得に変えて顔面に幸福感満載させて和んでいる。……いや、和むのは自由だが、こちらのアレやこれこれをなんとかしてくれないだろうか、ご長寿さん。若いのが困っているぞー?
ご~いんぐまいうぇいにもほどがある。
ココリエとセツキは互いに互いの顔を見ないようにしている上、いつもらしからず茶に手をつけない。いつもなら茶にうるさいセツキはもちろん、サイの茶が好物であるココリエも供されるとほぼ同時に湯飲みを取って味わっているのに。
上司が飲まないのに傭兵で下っ端のサイがお先することもできず、場の空気感がアレなせいで喉が渇いているのに茶で一服できないのは拷問じみている。そう結論づけたサイは空気が変わるかもという期待もこめ、彼女にしては結構控えめにそれを言った。
「冷めるぞ」
すると、今まで固まっていたふたりが突然のように、こう言っちゃなんだが、電源入れた玩具みたいに湯飲みに手を伸ばして茶を飲みはじめたのは少しおかしかった。
上司ふたりが飲みだしたのでサイも茶に手をつけ、喉を潤す。ああ、ほっとする。
「……これは?」
「ん? ああ、お前の祖父なら茶にうるさいかと思ってユリフサの特等級を淹れてみた」
「サイ? あなたのお小遣いでそれが買えたので……もしや、この間の?」
「うむ。ファバルの奢りなので、ファバルにも感謝しておくように、な」
この間の。それで通じた。そう、シレンピ・ポウとの一戦ででたファバルからのお小遣いで買ってきた茶葉のうちのこれはひとつ。お小遣いを持ったココリエを荷物持ちも兼ねて茶葉の卸問屋にるんるんで向かったサイはそこでかつてないほど買った。
その中でもユリフサの特等級は誰かお偉いさんの客でも来た時に使うよう買った一番高価な茶葉だ。他は目移りしてならないサイがそれでも厳選して買い、問屋のおじさんは舌を巻いた。「その組みあわせでその選択? で、できる……っ」って感じに。
モノモ産の茶葉も一応買ってあったが、セツキが好きなだけで祖父が好きかわからないし、あれだけ盛大に叫んでいたのならば喉に少しでも優しい茶がいいかと思って喉薬にも使われることがあるユリフサ産の茶葉を選んだ。どうやら好評らしい。
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