言えない理由
「茶の腕もいい。やはり嫁はこの
「ぶーっ!?」
選んで淹れた茶が好評そうでよかった、これで場の雰囲気も少しよくなるかも、と思ったところにチモクがまたまた特大爆弾投下。爆撃。チモクじいさんがまたサイがセツキの嫁だ云々を蒸し返してくれやがったお陰でココリエとセツキが茶を噴きだした。
が、予想していたサイは台布巾で机を拭き、ふたりにはお手拭きを投げた。ふたりはサイにそれぞれ礼を噎せながら言いつつ自分の口元や濡れてしまった箇所を拭く。
机を拭いたサイはどうせ混ぜてもらえないだろうから、と自分の茶を飲むのに戻っている。ふたりにサイを仲間外れにする気はないのだが、なかなか言いにくい話題なのでうっかり混ぜられない。サイこそ天然ボケの間欠泉なのでなにを言うかわからない。
「大丈夫か」
「げほっ、だ、大丈夫だ」
「ごほっ、失礼、せっかくの茶を」
「いや、別にいいが。己らいったい今日はどうした? まだ暑くないのに脳が沸いた、はたまた元々なにか住みついていてそれが悪さでもしているのか?」
その二択ならおそらく後者が当てはまる。そう、ふたり思考を共有した。お互いの思考を察してふたりは互いの顔をちらっと見たが、セツキはすぐ視線を逸らした。
セツキらしくないその行動。いつもならセツキの瞳の圧にココリエが屈する。だが、事情が違えば態度も違ってくる、ということなのだ。きっと。
「んお、そういや名乗っとらんかったか?」
「いまさらだな」
本当に。名乗ってないのなどどうでもいいくらいいろいろとありすぎて気にしていなかったサイだが、老人が名乗る気なのを見て取り、いつもセツキに叱られるので居住まいを正した。適当に。……これはこれで叱られそうな気がせんでもない。
「わしはチモクじゃ」
「サイ、という」
「うむ。それでどうじゃろう、サイさんや」
「なにがか」
「孫の、セツキの嫁に来んか? 自分で言うのもなんじゃがセツキはいいコじゃ。ちーっと気難しいところがあるし、顔がいいもんじゃから女がうるさいだろうがおんしなら大丈夫じゃ。そこらの女なぞ裸足で逃げだす美貌じゃわい。体も美形だしの」
何気にセクハラのような発言が混ざった。
だが、サイはそこには触れず気にせずで、瞳に疑問たっぷり湛えて首を傾げた。
「いきなりイミフ」
「ん? 孫の花婿姿が早う見たいのでな、即決してくれるとすごく嬉しいのじゃが」
「イミフ」
「もちろん、おんしの花嫁姿も見てみたい。きっとわしの婆様よりも美しかろうて」
「おい、これは会話になっているのか?」
サイの疑問はごもっとも。サイは意味不明を繰り返し、チモクは妄想に思いはせていてサイの言っていることをまともに聞いているか怪しい。が、セツキにはわかる。
きっと祖父は「おとぼけ作戦」にでているのだ。サイが色よい返事をしたら反応する。悪い返事でも粘り交渉に縺れ込み延々と口説く気でいるのは明白。だから、それ以外のサイの言葉を全部無視している。これは面倒臭がりのサイには効果ありだ。
一瞬にして相手の基本性質を見抜くとはさすがだ。やはり鷲であった当時の感覚はまだ健在らしい。いやまあ、無駄使いな気がしまくるのはそうなのだが……。
「お爺様、どうしてサイを? いつだったか遠征にでた時、偶然で助けた氏族の娘やなにやら世間が羨む話は山のようにあったと記憶していますが? なぜそれらすべて蹴っておいてサイを選ばれるのですか?」
「そりゃあ、おんしの気持ちを最優先するからじゃわい! 今までのそれにおんしが惹かれた娘がいたか? たしかに我が家の名は高まろうがそれだけじゃろうが!」
「しかしっ」
「ええいっ黙れセツキ! たまには自分の気持ちに素直になれっだいたいなぜ素直になれん? 好きな女を好きと言うことがなぜできん!? 意味わからんわい」
セツキの弱々しい反論にチモクは再び興奮状態でまっとうな言葉を返す。さすがセツキの祖父。反論の余地がないくらい鋭い言葉の数々だ。これにはセツキも負ける。
好きな女に好きの一言が告げられない理由。きっとチモクからしたらバカらしい理由だろう。バカ、と一蹴される絵がすごく鮮明に浮かんでくるのでセツキは言わない。言えないこともない。この場に彼さえいなければ。だが、いる。困った。
「私がサイを好いているなどとお爺様の」
「妄想じゃと言いたいのか? 今までずっとそばでおんしを見てきたわしの目が節穴じゃと、そう言いたいのか、セツキ? 生憎じゃがまだ目は黒々しとるし鮮明じゃ」
「ですが、違うものは違うのです」
「……セツキ、おんしはいったい誰に遠慮してそう言うておるのじゃ? 言うてみい」
「! ち、違っ」
「その間は肯定じゃぞ。さあ、言え」
追い詰められたセツキは俯いて膝の上で拳を握り締めている。言えない。どうしても。
これだけは言えないと結論しているセツキだが、チモクはセツキから明確な答がでてくるまで睨み続ける気で膠着状態になってしまった。これが壊れるまでどれだけこの重苦しい空気に耐えねばならないのだ、と思っていたサイだが、案外早く終わった。
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