悪魔からの差し入れで休息
「これは、あなたが?」
「他に誰がつくれるか」
「あなた、料理できるんですか?」
「失礼なやつだな、お前。ひとりで生きてきたんだ。食事は自炊に決まっている」
「それは、わざわざどうも」
つい疑わしくてつついたらサイは途端、不機嫌そうに鼻を鳴らし、瞳に「殴って寝かしてやろうか、こいつ」というのを光らせた。だが、信じられない。
普段が普段なので、こうした素朴でも一般的な家庭料理ができる、というのは意外だ。
少し怖い気もしたが汁の椀を手に取って口元に寄せすする。出汁の風味が心地よい。さすがに煮炊きする時間がなかった為か具材はお麩と三つ葉それに柚子の皮を一刻みしたのを落としてある。かなり、いや、とても素人とは思えない味だ。
こうなると止められない。好奇心と興味に負けて握り飯にも手が伸びる。
ひとつ掴んで一口食べてみると、ほろり、と米粒が崩れるようにほどけて口の中に広がる。塩味のみの握り飯で感動するとは思わなかったセツキは無心で小腹を埋める。漬物はおそらく城の女官たちが漬けたものだろうが、他は素晴らしいの一言に尽きた。
盆に乗せられていた皿のものをすべて平らげて一息ついていると、目の前に先のと違う湯飲みが置かれた。それからもいい香りが立ちのぼっている。
「ハツナの茶だ。食後の腹にちょうどよい。急須にトキシラのおかわりも淹れてきた」
「ありがとうございます。心遣いに感謝を」
要するにあとは好きな茶を好きに飲んでさっさと休め、ということなのでセツキはサイに感謝の言葉を渡す。サイはこれに微妙そうな感情を瞳に揺らした。おそらくセツキが礼を言う、というのが彼女の中でちょっとした天変地異なのだ。……失礼だ。
まあ、失礼無礼なにそれ美味いの? が彼女の、サイの基本なので、セツキは特に思うこともなく、ハツナの茶をすする。これも適温でとてもいい味をだしている。とても一袋百シンと少しの安物と思えない。
セツキが常備しているモノモ産の茶など袋五百シンはくだらないのに。なんだか、「茶は淹れる者の腕が命じゃわい」と言っていた祖父の言葉を思いだす。
今でも恐ろしく元気な祖父はいったいいつになったら自分に家督を譲ってくれる気なのか不可解である。まあ、祖父には祖父の考えがある。そう思って、空になった湯飲みにトキシラの茶を注ぐ。こちらも飲み頃を正確に計算して淹れてあり、美味。
「ご馳走様で……」
いない。セツキがお礼を以上に言わなくてもいいように、というか、視察の準備に向かうのにあまりセツキのところで長居するのもなんだ、と思ったのだろう。
それかむしろ、要らん説教を喰らわないうちに退散決め込んだ、が有力説であろうが。
まったく失礼なクセ、妙に気の利いたことをする娘である。だが、だから……。
「本当に、困った阿呆です、私は」
呟いたウッペの武将頭は茶を飲み干して一息。自身を阿呆である、としたセツキだが、そのあとの行動は素早く。急須や湯飲みを盆の上にまとめて置いて片した。
欠伸を噛み殺しつつ、布団にふらふら歩いていき、ふと、仕事の山脈に目をやって考えること五秒。結論がでた鷹はふう、とため息ひとつ吐いてごちた。
「私も明後日くらいまでにわけましょうか」
そして、今後は王が絶対怠けないよう、監視専門の職に就く者を募集し、厳しくしていこう、とも思っておいた。
そうこう考えてようやく布団にもぐったセツキはサイのつくってくれた軽食で小腹を満たされ、淹れてもらった茶に満足で感謝の念でいっぱいだった。
茶の効果なのかさして時間もかからず瞼が重たくなってきた。深く息を吸うとまだあの茶の香りが鼻腔を擽る。
眠れない時には効果覿面かもしれない。今度ココリエが不眠を訴えたらサイに茶を淹れてもらうように頼んでみては? と、すすめてみよう。
そうこうと考えていると心地よい眠りがやってきてセツキを包み込み、休息へと
しかし、いざそのふたつを取られると現れてくる影がある。今、セツキが抱える最大の悩みの種が姿を見せる。
金の光輪をいただく黒髪。銀色の鋭い瞳。美しい姿。一級品もかすむ体術指南の手腕。こっそりのつもりだろうがココリエに教えているのはずっと前から知っていた。
その当人も体術は超一流。最近は《
そんなものはどうでもいい。問題なのはその女の存在がセツキの心の深いところを掴んで占めていることだ。これ以上は、そう思ってもひょんなことで見せる瞳の色に心惹かれる。そして、気づけば目で追っている。あんなにきつく当たってきたのに……。
苦くて辛く甘い気持ちを胸に閉じ込めてセツキは眠りについた。幻想を、払いながら。
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