まずの策と引き離し
チザンサ国。ウッペとシァラにはさまれた境の国。特に名物があるでもなく、特筆するような人物がいるでもない極めて平凡で平和な国。戦の火種もなければ、そうした荒事が迫ったこともないある意味で平和ボケた国に今、緊張が走っている。
ものものしい姿に顔の男衆が行軍し、村を横切っていく。村には事前にチザンサ王直々に通りゆく者を刺激しないように家の中に籠っているように、と通達がきている。
好奇心旺盛なこどもたちも今までに感じたことのないピリピリと張りつめた空気を感じて黙り込んでいる。
死んだように静かな村を横切っていく隊列の先頭に立つ男が一際強い気を発していた。
トウジロウ。シレンピ・ポウに仕える武士であり、元は鍛冶職人の国ポジペブツにある武家の当主だった男。
全国行脚でシレンピ・ポウを訪れた際、チェレイレに見初められて少々強引ながらも雇われるにいたり、仕える前に息子へ家督を譲り、シレンピ・ポウへ出向した。
隊列の中には豪華な車が一台ある。
車にはシレンピ・ポウの王族に属する女性たちが乗っている。女連れでありながらすさまじい殺気と威圧感を纏ったトウジロウが目指すはウッペ国。シレンピ・ポウの次代を担うデオレド王子の仇討ちに戦を仕掛ける為、隊列は進んでいく。
トウジロウと車の背後に続くのはシレンピ・ポウの兵士たちではない。
リポードとシァラの兵たちだった。
リポードとシァラこそ平和ボケしていると言っても過言ではないほど平和な国だが、そこにシレンピ・ポウが同盟の申し入れを行った。
それぞれの国王に手塩にかけた娘たちだからと娘を嫁入りさせてその場で交わらせた。
代金を先払いされてしまい、引くに引けなくさせられた二国の王たちは致し方なく挙兵した。だが、ひとつ、大きな思惑で野望がふたりにはあった。
もしも、の話だ。
この戦に勝てば東国一の大きさと強さを誇るウッペを落とせるかもしれない。そうなれば一躍有名になれる。
辺境の田舎国ではなく、強者揃いの国とすら刃を交えられる国と称賛される。
最短時間での同盟と挙兵。
おそらくウッペに備えはできない。
予見することすら難しいだろう。
そう驕ることが弱国であり、阿呆の証だが、シレンピ・ポウの者は気にしない。二国のことなどせいぜい盾代わりになればいい、としか思っていないのだから。
ウッペが、聡明で先を見る目に長けたファバルが即刻の戦を予想しない筈がない。だから、数をだされては困るので人間の、肉の壁を用意した。
「弓の衆、構え」
ふと、トウジロウの足が止まる。
トウジロウが止まったので、隊列すべての足が止まる。トウジロウの頭が右に左に振られ、辺りを警戒しはじめたと同時、チザンサとウッペの
すさまじい爆音。なにかが炸裂する音と激しい光の奇襲にリポードとシァラの兵たちは虚を衝かれついでに耳と目、両方の感覚器官を半分壊されてのたうちまわる。
「やはり、来たか」
「こちらの台詞だな、トウジロウ」
「!」
以前と同じ手。閃光弾による目と耳への奇襲。見越していたトウジロウは耳栓を外しつつ固く瞑っていた目を開いて明順応を待ちながら独り言を吐いた。
独り言のつもりだった。だが、応える声があった。それも聞き知った声。
しかし、それは、その声だけはありえない者のもの。そちらの方によほど虚を衝かれたトウジロウが自身の武装を整えようとしていると、先んじた声の主が軽く、コツっとトウジロウの籠手になにかを当ててきた。
――まずいっ!
思っても人間、条件反射にも限界がある。
反応が遅れたトウジロウの籠手から灼熱の痛みとえも言えぬ痺れが伝わり、トウジロウの脳髄にまで響いた。
遠く聞こえた雷の音。そして、痺れる痛みからしてどうやらあの女が得意とする属性はアレだけではなかったらしい。己の慢心に気づいたトウジロウが体を痺れさせているものを除去しようとしたが、それよりなお早く体に鎖が巻きついた。
「なんの真似だ?」
「水入らずの
言うなり少し低めの女声が笑い、鎖の先を引っ張った。トウジロウは堪らず引き摺られる。男としての矜持に傷がつきそうな怪力で以てトウジロウを引き摺る者はそのまま林の中に入っていく。背後からは開戦の狼煙があがったようで、雄叫びが聞こえてくる。
内心舌打ちしながらトウジロウはなす術なく引き摺られていく。できることはひとつだけ。鎖如き嵐属性で粉々にできるが、それを発動させるにはまず体の痺れを取らねばならない。ギリ、と歯を軋らせながらトウジロウは通電解除を行っていく。
かなり強烈にかけられたので指一本ずつの解除。時間がかかる。その間に相手はトウジロウを決戦の地に連れていくだろう。背後の喧騒を聞きながらトウジロウは先を、林の闇に紛れて前を進む相手の背を睨みつけ、通電解除に集中したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます