戦略を練って出陣


 ファバルもサイを見ている。女戦士は枕元の水差しから直で水を飲んでいたが、ふたりの視線を感じて水分補給をやめ、答える。あまりにも無茶なそれを。


出陣ぬわけにはいくまい」


「しかし、まだ怪我がっ」


「ほとんど塞がっているので心配無用、と言っておく。あとあの蜘蛛が憎む私がここに閉じ籠って万が一、防衛線を突破され、ここに攻め込まれた時の方が百倍面倒臭い。なによりもルィルシエに累が及ぶ。あのコに戦の凄惨さは見せられぬよ。絶対にな」


 ルィルシエ。ずっと荒事と無関係に育ってきたというだけでなく、あの無垢な娘が戦の凄惨さを目の当たりにして変わってしまうことがなぜか、とても怖い。


 だから、サイは出陣ることを選ぶ。普段から鬱陶しい、とかうるさい、しか言っていないわりに気を遣っているっぽい。そのことにファバルは無言で頭をさげて礼をした。ファバルも無茶苦茶とは思ったがサイに出陣を頼もうと思っていたからだ。


 それを女戦士の方から切りだし、自らの意思で出陣してくれるというのだ。ありがたいことこの上ない。これは茶葉代も奮発せねばならないな、とも思っておく。


「他の者は」


「セツキがすでに動いて配置を行っている。ケンゴクは相手方の進軍を偵察にいってもらっているし、あと他に懸念があれば言ってくれ。そなたの嗅覚は頼りになる」


「犬ではない。私の懸念はアレしかない」


「……トウジロウ、か?」


 トウジロウ。サイと中庭で一戦交えたシレンピ・ポウの戦士。それも戦国の柱とすら言われ誉を受けるおとこ。なによりも厄介なのは彼の持つ特殊な属性。


 サイは枕元に置いておいた木簡をふたりに差しだした。ふたりは訝しみながらも開いてみる。と、簡単にトウジロウのことをまとめかけているものだった。途中までつくってあるのでおそらくサイが寝ているだけは暇だからとカザオニ協力で暇潰ししていたのだ。


 よくまとめられている。トウジロウの出身からいかようにしてシレンピ・ポウに仕えるにいたったかについてまで。そして、唯一最大の懸念である嵐の属性についても。


 サイの、実際に至近距離で戦い命在るサイが感じたものからなにかしら欠点でもないものか、と走り書きで愚痴が書かれている。……。どうやら余計な、要らんことも書かれているようだが、これだけで充分な情報量だ。よくぞ暇潰しにここまで調べたものだ。


 特に属性については舌を巻くほどの情報量だ。中庭で言っていた通り、風を基盤にして水と雷を混ぜている。これはカザオニからの情報か、もしくはサイが感じたまたは知っていることから引っ張ったことだろうが、風属性には台風の目のようなものがある。


 目の中は無風。それこそは戦国で一、二の厄介さを誇る風属性の唯一最大の欠点。風で防壁を張ろうと、懐に入り込まれては無意味。凶器となるべき風がない。己の体で戦う自信がない者には向かない属性でもある。トウジロウの嵐はその欠点を埋めている。


 そうした意味で、カザオニは最強の風属性保有者だ。他の属性も持っているだろうが、一属性に突出し、さらに弱点を埋める努力をした。隠密の戦士。


「攻略法は?」


「一か八かの賭けになるが、ひとつだけ」


「うむ。では、トウジロウ討伐を任せたい。他の雑兵はセツキたちが引き受ける。……どうだ、討てるだろうか?」


「最善を尽くそう。終戦したら美味しい茶葉が買い放題だしな。死んだら飲めぬ」


「……。えー、やっすいご褒美だな、サイ」


「ひとそれぞれだ」


「聖上、失礼します」


「同じく、失礼しやすぜ」


 三人が話していると、城の説教魔として名高い、いや、戦国の柱として名高い鷹がやって来た。と、いうことは人員配置がサイを除いて終わったということだ。続いたケンゴクは敵の進軍を探りにいっていたというので掴んできたのだろう。


「サイ、具合はもうよいのですか?」


「そうそう。おめえがくたばっている間、退屈していたんだぜ? まっさかここまで退屈が募るたぁな。お陰で中庭の岩、退屈凌ぎに壊しちまったぜ」


「ずっと生きていた。勝手に殺すな」


「じゃ、あれだ、瀕死で寝込んでいた」


 どーでもいいとこに喰いつくサイ。適当に流すケンゴク。今日も仲がよろしいことで。


 と、思っているとファバルのそばで唸り声の一歩手前のような音が聞こえてきた。ちらっと見るとココリエが恨めしさのあまりケンゴクを呪うように睨んでいた。


 ケンゴクは気づいていない。久しぶりにサイの、喧嘩ダチの顔を見られて嬉しそうにしている。やれやれ嫉妬の方も重症だ、と思ったファバルが話を切り替えるのに咳払いして部屋に新しく集った男ふたりに座るよう合図した。


 ふたりはそれぞれの位置に座る。セツキは王の背後、斜め後ろに。ケンゴクはサイがいまだに体の半分を入れたままの布団、その足下に腰をおろして落ち着いた。


「セツキ」


「配置はほぼ。サイは、いけますか?」


「サイにトウジロウを任せることで決まった。雑兵掃いの役を他の者に配ってくれ」


「承知いたしました」


「ケンゴク」


「リポードを通過しシァラに入って今はチザンサの中間地点を抜けた頃でしょうか」


「チザンサ王には事前に懸念をしたためて送ってあるのでいいように計らわれる筈。とにかく厄介なのはトウジロウだ。これはもうサイの策に賭けるしかない」


「サイ、賭けの勝率は?」


「任せろ。失敗しても、首だけになっても相手の喉を喰い破るが我が戦。それに勝機のない賭けは元より提案せぬ」


「……。それは心強いですね。では、ウッペ武将頭としてトウジロウ討伐をあなたに一任します。頼みます、サイ」


「うむ。とりあえず着替えるので場所を変えれ。私からの要望はカザオニに持たせてやるからさっさと消えろ」


 アレほどの大怪我をしたあとなのに元気な毒舌である。これだけ暴言吐けるなら体調も本当にほぼほぼ全快なのだろう。改めて恐ろしい自己治癒力だ。


 腹に風穴が開いたというのに止血軟膏で傷を強引に塞いだだけでほぼ全快とか可愛げもないが、以上に恐ろしい。即死並みの怪我などもほとんど癒してしまいそうだ。


 とりあえずサイが睨むので、男たちは別室で軍議を再開するのに退室していく。


 一番最後にでていくココリエが振り返ってサイを見るとサイもココリエを見ていた。


「武運を祈る」


「お前もな。まだ、教えることは山とある」


「……。ああ、わかった」


 まだ教えることはたくさん、それこそ山のようにある、と言うサイにココリエはなぜか吐こうと思っていた心配を消され、承諾を口にした。サイがここまで言い切った。ならば信じるのが彼女を想う者の務め。そう決心してココリエも戦支度に向かった。


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