優しく釘を……
「ココリエ」
「! ……はい。なんでしょう?」
「あー、なんだ。私はまわりくどいのはあまり好きではないので単刀直入に訊く」
「……。なん、でしょう」
「サイのことを、お前は愛しているか?」
なんとなく予想はついていた。だが、実際に問われると答に窮する。だって、それは抱いてはいけない気持ちだから。王族の長子として、王子として、責任を負う者としてそれだけは、サイへの恋心だけは抱いてはいけないものなのだ。
――わかっている。わかっていた。充分に理解していたのに、どうして、こうなった?
父親の目が痛い。別段責めているわけでもない、それが逆に責められているような気分になる。どう答えたらいいのかわからない。恋をしたのも、ひとりのひとをこんなにも大切に想ったのもはじめてだったから。惑って、口は重たくなる。
「ココリエ、安心しろ。お前がどう答えてもお前を責めないとアザミに誓う」
「は、母上に……?」
「無論。サイのことを責めたりもせぬ。その娘は他人を誘惑してたぶらかすことなどできまい。そして、だからこそ、惹かれてしまったことを責めはせぬ。だが、お前の口から聞きたい。どうだ? 好きなのか、愛しているのか、サイに、恋をしているのか?」
「……ここで嘘をつけばサイに殺されましょう。……申し訳ありません、父上、私は」
「謝るな。その感情は自分で盛ることのできないもの。自然と湧きあがる気持ち故にな」
父に言われてココリエはサイを抱えたまま頭をさげた。その時、ぽたた、となにかがサイの血染めの胸に落ちた。透明だったそれはサイの衣服に吸い込まれて消えた。
「ココリ」
「大丈夫です。きっとこれはその一時的な気の迷い。思春期の妄想と愚考です。だから、だから……きっと、そのうち消えます。その頃にはきっと私も妻を娶ってサイなど」
「……そういう台詞は涙を止めてから言え」
本当に器用なクセ不器用な息子だ、とファバルは苦笑いした。親子であるのに似ても似つかないのは本当にどうしたものか。サイのことをなんでもないことのように言おうとしているせいで涙がもっと零れているのに気づかない。
気づかないフリをしてやるのも優しさかと思ったが、それで取り返しのつかないことになったら困る。サイの為に、愛する者の為に命を懸けてしまう。そこにはいかせない。どんなにココリエの気持ちが強く在ろうとも、それだけは許せない。
だから、弱めに釘を刺してやる。
これ以上息子が傷つくなど耐えられない。ただでさえ、父親に想いを見破られて傷つき涙しているというのに。追い討てるならそいつは悪鬼の仲間か親戚かお友達だ。
「わかった。もういい。サイを横にしたらお前ももう休め。休めるうちにな」
「どういう……?」
「このことであの王妃がなんの報復も考えないとは思えんのでな。近く戦が待っている」
「サイは、不参加、ですよね?」
「怪我の癒え次第で我儘言いそうな気がむんむんだが、私は一応反対しておく」
ファバルの言葉にひとつ安心したココリエは父に頭をさげて部屋から去っていく。その背がいまだに泣いているような気がしたのはきっと気のせいではない。
だが、どうすることもできない。個人の感情を操作する術などこの世にはない。
しかし、まったく厄介な者を愛してしまったものだ。と、そう思いはした。ただ、必然だったのだろうが。気高く美しいサイの心に触れてココリエは変わった。
前よりももっと、さらに純粋に感情を表にだすようになった。サイの分まで笑い泣き楽しむ。それでサイが一緒な感情を持ってくれたら、という意図が透けて見えた。
いや、きっとココリエは無意識でやっていたのだろう。無意識で彼女を救いたいと思っていた。凄惨な過去に囚われているサイを少しでも明かりの下に連れていければ、と思っていたのだろう。そして、いつか心から笑ってくれたらいい、と思っていた。
その効果なのか、サイは最近己の感情に素直になっている気がした。いや、前々から嫌いなことには感服するくらい見事な拒絶を見せていたが。ここ一月ほどで彼女は少し変わった。サイの近くにいる者はみな口を揃えて「笑っている気がする」と言う。
妹を喪ってすべてを失ってサイは絶望し、世界を憎悪した。笑みは剝ぎ取られ、怒りと悲しみ、世界への怨嗟を糧に今まで生きてきた。サイが変わり、ココリエは自然と惹かれ恋をした。仕方がないことだった。思考を振り払って王は湯殿に向かっていった。
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